“Just Snatched” Ver.
泣く子も黙る?
Queen’sCounsel、勅撰弁護士、通称「シルク」であるジョン・ハートは、今日も若手からの羨望の、同僚からは嫉妬含んだ眼差しをそのシルクのコートに浴びながら、裁判所の大階段を早足で降りる。
特に急いでいる用事がなくても、彼はそうするのだけれど少し猫背で足元の方を見て歩く癖があるので、あまり周りは見えていない。慌てたように見習い達が後を追うのがいつもの光景だ。
「ジョン!」
しかし、トップクラスの弁護士であるジョンにも弱点はある。
「……ショーン……!」
それが、彼。名前をショーン・ビーンと言って、クラブの夜の清掃員であり、出張ウェイターであり、ロンドン警視庁で性犯罪に関する特別捜査班、サファイアユニットの情報屋でもある、ちょっとした「訳あり」「訳知り」の青年だ。
白い肌、毛足の長いブロンドに、大きなジェイドグリーンの瞳、目尻のすうっと切れた、美形。
そんな彼にジョンは一目惚れをし、誤解のせいで安直な説教を講釈したあげくに、大変なことをしでかしてしまったのだ。
それはどこの記録にも残っていないけれど、端的に言えば、犯罪だ。
誘拐、監禁。
その罪を犯した人間を何人も見てきたが、まさか自分がそんなことをしでかすとは思ってもみなかった。恋は盲目とは言うけれど、熱にうかされていたのは確かだ。
「そろそろ終わる頃だと思って」
しかし、事実は小説よりも奇なりと言ったもので、想いが通じたのか、どういうわけか、未だにジョンはこの状況を言語化出来ないけれど、ショーンと自分は、何となく関係が続いている。
当然、監禁し続けているわけではない。一目惚れを絶対に信じないショーンに、自分の抱いた愛情を伝え、その後、恋人達ほど頻繁ではないにしても、キスを交わすようにはなったのだ。
ハグだって、たまには。
許してもらえる。
「あ、ああ、確かに……」
「少し長引いた?」
「そのようだ」
時計を確認すると、確かに見当していた時間よりは押してしまったことがわかる。後ろの方で見習い二人がこそこそと耳打ちしあっているのがわかって、渋々振り向いた。
「先に戻っていてくれ」
「はい!」
返事だけは立派なものだ、抑えきれない好奇心を瞳にきらめかせてはいたけれど、シルク様に逆らうわけにはいかない。我先にとでも言うように、駆け足でいつものたまり場、パブに向かった。
「そ、それで……何かあったのか?」
ショーンはボランティアで、夜の街で身を守ることもなく、選択を誤ってしまった少年少女を守るための活動をしている。ソーシャルワーカーでもなければ、警察でもないのに。
自分の身に起きた恐ろしいことのような悲劇が他の誰かに起こらないように、という彼の志を否定する気はないが、恋に焦がれる男には単純に彼の身が心配でならない。
仮に非力な頭でっかち、だと自認している自分が、彼を守るための術を何一つ持っていないとしても。
「ああ、あのさ。めっちゃ大きなツリーを買っちゃってさ」
わかる?
世間はクリスマス前で浮かれてるんだけど?
「あ、ああ……」
いくら仕事人間でもクリスマスぐらいは知っている。あと数日でその日が来るということも。当然、ショーンのためのプレゼントも用意してある。
渡せるか、どうかはこの際どうでも良い。
「で、あんたんちに置いてもいいかな?飾り付けも、後片付けもするからさ」
良い株なら庭に移植してもいい、と促してくるショーンにジョンは目を丸くした。
確かに、数度の「デート」のようなことと、二週間に一度ぐらいにはOKをもらえる「ディナー」、何度かのキス、は許してもらえていた。夢見がちな人間なら「ステディ」だと勘違いしてしまいそうなぐらいだとは思う。
しかし前科者であるジョンはそこまで楽観的にはなれないでいる。いつか、気持ちをわかって欲しいとは思っているけれど、それ以上の願いは贅沢というものだ。
「もちろんだ……い、居間にはほとんど何もなくて……」
ろくに見ることもない大型テレビと、座り心地だけはかけたお金分保証されているソファ、ローテーブルがある、それだけだ。裁判資料を広げてスコッチを飲む、それだけのために使われている部屋にクリスマスの飾り付けをしたことは一度もない。
「知ってる」
「あ、ああ、そうだったな」
監禁、以来。
ショーンを自宅に呼ぶようなことはしていない。平気な顔をしていながらトラウマになっているという可能性がゼロではない限り。
ジョンは過去の過ちに完全にコントロールされているような状態だった。拒まれないからと言って、許されたとは限らないし、愛情を信頼してもらっているわけでもない。
「だから俺が派手に飾り付けてやるって!」
天井ぎりぎりぐらいになるかも、と言って笑ったショーンは承諾を当然としていたのか、たくさんのオーナメントやリボンを買ってきていたらしい。足元には三つほど、大きな紙袋が置いてあった。
「料理は全然駄目だから、ご馳走はジョンの担当な?」
それは得意分野だ。一人暮らしの中年男の唯一の趣味だったが、ショーン以外の誰かに食べさせたことはない。
彼は美味しいと言ってくれていた。
しかし、だ。
「ショーン……?」
ジョンは彼の次の言葉を遮るように、名を呼んだ。
「ん?」
彼の瞳は冬の弱い陽光の中でもキラキラと輝いていた。今日はニット帽の中に隠れてはいるが、そのブロンドも同じくいつだって輝いていて、ジョンの目には天使にも女神にも見えた。
だから、わからないのだ。
「……クリスマスを……わたしと過ごしてくれるのか……」
その、理由が。
「……んー、まあ、迷ったんだけどさ」
ショーンは軽く肩をすくめた。
「いつもは養護施設の子供達のところに行ったり、夜回りしてたんだよ」
ジョンは何も気の利いたことが言えなくて(法廷ではどんな不意打ちにも動揺することがないと言うのに)、黙って続きを待った。
「もう地元には全然帰ってないしさ」
ブライアンは仕事だって言うし、バーニーのところは人が足りてるっていうし、と続けてショーンは少し首と体を傾けて、こちらを上目使いをするように見た。
彼の方が背が高いのに、こんな時は少女めいている気さえするから、重症なのだ。もう彼のこととなると、まっとうな判断だとかそういうものが一切出来なくなる。
「それなら、恋人と過ごすべきじゃん?」
ぱちっ、と音がしそうな派手なウィンクに、ジョンは自分の心臓が撃ち抜かれたと思った。
息が止まり、声が出ない。
彼は今、何と言った?
「ヘイ!ジョン……!?大丈夫?」
その場でへたり込んでしまいそうになってよろけたジョンのコートをショーンは笑いながら引っぱって、大げさだなあ、と呆れた声を上げた。
「メリークリスマス、ジョン。そういうことだよ、わかった?」
「あ、ああ……あの……でも、それは……」
許されない、と紡ごうとした唇を、ショーンは指先で押さえる。
「もっとロマンチックなのが良かったっていうなら、保留にするけど?」
「死にそうだ……」
助けてくれ、と呻いたジョンにショーンは最高にごきげん、と言ったような笑顔を向けてくれる。夢ではないのか、第三者に判断してもらいたいぐらいだ。
「じゃ、これ持って帰っておいてね。週末行くから」
「あ、ああ」
法衣を着た人間が持つ物ではなかったが、もちろん、了解する。彼は今夜も迷える子羊を助けに夜の街を歩くのだろう。心配だ、という気持ちは伝わっていると思う。
だから、こんな時、かける言葉がわからない。
「ショーン」
だから結局。
「ん?」
これしかないのだ。
「……愛してる……」
答えはまた派手なウィンクと、頬へのキスだ。良い子にしてろよ、なんて囁いてまたこちらの心臓を止めたショーンは軽やかに体の向きを変えて、歩き出した。
少し離れたところから振り替えて手を振ってくれたが、両手の塞がったジョンにはふり返すことが出来ない。それにもショーンは愉快げに笑ってくれたのだけれど。
ジョンは夢ならどうか覚めないで欲しいと遠くから聞こえてきた鐘の音に、小さく呟き、神に祈った。
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【X’mas Advent】1215(MIRN:ハンブラ)
「お呼びですか?」
IMFの新しい長官、アラン・ハンリーの顔にはだいたい年嵩の男が見せる、傲慢な余裕(実際にその余裕があるかどうかは別の話だ)めいた笑みが浮かんでいるのだが、今日はそれが見られなかった。
今の自分の立場は長官秘書ではない、と毎日のように言い聞かせているのだが、ハンリーはそのように思っているのだろう、毎日のように用を言いつけては呼びだすのだ。
確かに、今現在の俺はと言えば、分析官というほど資料とにらめっこしているわけでもなく、エージェントとしてどこかに潜入しているわけでもない。やっていることと言えば諸々の「後始末」だ。
彼を一応のところ味方につけることは成功し、IMFの解体も免れた。それでも「安定」しているとは言い難い。やることは山積みなのに、長官殿だけは俺のことを暇人だと思っているらしい。
もう三日も家に帰っていないのに?
「おまえ宛だ」
そんなことを考えながら彼のデスクに近づくと、彼は仏頂面で一通の封筒をこちらに差し出した。
いや、突きつけたと言った方が良いかもしれない。デスクの上でいくつかの山を作っているクリスマスカードの内、一通であるらしかった。
「へえ?」
思わず、上司に対しての敬意に欠けた返事をしてしまったのには理由がある。
まず第一に、だ。
この組織で宛先違いが起こるわけがない。もしあったとしたら、原因を徹底追求して二度と間違いがないようにしなければならない。炭疽菌入りのラブレターだって珍しくない場所なのだから。
まあ、つまりだ。
これは故意に彼が俺宛の郵便物を受け取ったということになる。
「……英国首相からだ」
面白くなさげにそう白状したハンリーは椅子の背に恰幅の良い体を預け、そのままくるりとこちらに背を向けた。
第二に。
この封筒の封は開いたままになっている。元はCIAの長官、現役時代は優秀な諜報員だったろうハンリーがそんなミスをするはずがない。というわけで、これもまた故意だ。
ずいぶん姑息な手を使うじゃないか。
まるで子供だましだ。
「へえ、ベルベッド地に金の箔押しか。さすが」
俺はそんなことを聞こえよがしに口にすると、カードを開いた。
そこにはごくごくまっとうな、クリスマスカードに書くべき文が記されていたのだけれど、ほんの二行ばかり、書かなくても良いようなことも。
少し癖のある文字を目で追った俺は、眉をひょい、と上げた。
おや、まあ。
そう言った感じだ。そこにはイギリスに来た時には必ず声をかけて欲しいと、書かれていた。それから、プライベートだろう電話の番号も。それは後で、確かめてもいいし、確かめなくてもいい。
そういう番号だ。
「わざわざ、お知らせありがとうございました。誰かに持って行かせれば良かったのに」
ハンリーはこちらに背を向けたままだ。このクリスマスカードに含まれた「他意」について彼がどう思っているのかはわからないが、明らかに気分を害している。
どうやら思っていた以上に気に入られているらしいぞ?
さて、どうするか。
「他に用事がないようでしたら、これで失礼します」
仕事は山積みなのだ、クリスマスカードの分類分けはお一人でやってもらうことにして、俺は彼に背を向けた。
「ブラント」
あと一歩で外に出るぞ、とドアノブに手をかけたところで、声がかかる。ずいぶんと粘ったじゃないか。
「はい?」
肩越しに振り返ると、ハンリーがこちらを少しばかり真剣な目で見ていた。
へえ、あんたそんな顔もするのか。
なんて言ってやったらどうなるかは、まあ、想定はしているけれど。
「……それで、クリスマスの予定は?」
なあ、本当にCIAの腕利きだったのか、と尋ねたくなるぐらい、その台詞は当たり前で面白みもない定番だ。それでも、その単純さが「真剣」さを演出するには十分だ。
怒っているようにも見えるハンリーの表情は少し強ばっているように見えたが、あくまで「いつも通り」を装っている。だからブラントもいつもの瞼を重たそうにした、半目で振り返りこう答えた。
「それは長官に聞いてみないとわかりませんね」
するとすぐに少しばかり放送コードに触れるような言葉が返ってきた。
それから、たぶん、こう続けた。
ハレルヤ!
何を大げさな。
ただ、食事をするだけかもしれないぞ?
——————————————
まだ、キャラ模索中だけど、初ハンブラ書きました。
AlexS/Kitsch Short-SS
<出来上がる前だよ>
「アレクと話してると首が痛くなるんだよなー!」
確かそんなことを言ったような気がする。その場にいたみんなが同意したし、笑いも取れた。
その場のジョークのつもりだった、の、だけれど。
うーん、と。
「……」
その瞬間からずっと彼の機嫌が目に見えて悪い。
彼は無表情になるととたんに氷のように冷たい顔になってしまうみたいなんだ。そんな顔でやっぱり上の方から見下ろされるのは良い気分がするはずもなく、俺は無意識に唇を尖らせてしまった。
「……」
機材のトラブルが出て次のシーンの撮りまでまだ少しかかる。二人のシーンを撮る前にこの雰囲気が良くないことぐらいわかっている。
でもいい年してそんなことぐらいでへそを曲げられても、と思うのだ。プロとしてどうかしている!
そんな風に毅然と立ち向かうことが出来れば、と思いかけたその時だ。
「……!」
アレクがすぐ目の前、息もかかるようなところまで顔を近づけてこちらの顔を覗き込んできたのは。
ひっ、と変な悲鳴を上げそうになったのを必死にこらえて(と、いうよりもひきつった笑顔でごまかして)、何のつもりかを問おうとした。
正直、だいぶ、怖い。
「上目使いがかわいかったから」
「へ!?」
「テイが上目使いで俺を見るのがかわいかったから」
それはいいよ、わかったから(わかりたくもないけど)。
だからそれが何で不機嫌とつながるのか、と聞き返そうとしたのにアレクはそれを許さなかった。人差し指を唇に当てて、静かに、のジェスチャーだ。
彼が小柄なメイク係やスタイリストの首を痛めさせたという話は聞いたことがないから、だいたいが、こちらをからかうために胸を張って背筋を伸ばして更に大きく見せていたのだとも思っていたりもした。
だから、あんなジョーク(のつもりだったんだ、本当に)を言ってしまったのだけれど、からかったんじゃないのか?
ええと、本気で上目使いさせるために?
わーお!
「……たまにそれを見せてくれるんなら譲歩してやってもいいぞ?」
「譲歩って……」
何を言い出したのかと思ったが、そろそろ監督も戻ってくる頃合いだ。俺はてきとうに二、三度ほど頷いて(食事をする時正面にでも座ればことは済む)、困った弟、の表情で笑って見せた。
「頼むよ、アレク」
「テイに頼まれたらしょうがない。何だってする」
食い気味の即答に、どうだか、と思いはしたが現場の遅れの原因が自分になってしまうのはごめんだったので、その言葉をとりあえず聞き流すしておくことにした。
とたんにご機嫌になった共演者に安心した俺はカメラの方を向いた。おかげですんなり演技に入れそうだ。
うん、これで良かったんだ。
た、たぶん。
Valentine Day’s Short-Fic
<本編見てない方、ご注意>
「あー、やっぱりカリブは最高!!」
大きく伸びをするホールデンから黙って視線を逸らしたショーンはほんの少しだけ、唇と頬に不満を乗せた。強く眩しい陽光の下、朗らかに笑う恋人の様子はけして悪いものではないのだけれど。ふとした時に考えてしまうのだ。
マリブでの暮らしに戻った方がいいのか、と。
「また一人でそんな顔して済まそうとする」
「……ん?」
ホールデンは太陽に向けていた腕をそのままショーンの方に伸ばし、まだ口元に「言えない気持ち」が漏れないように緊張感を走らせていた彼をそのままぎゅうっと抱きしめる。長い腕をもってしても持てあましてしまうほど、シーズンが終わったばかりのショーンの体は完全に出来上がっている状態だ。
未だに、ふとした瞬間に思ってしまうのだ。こんな俺が、どうして、彼のようなパーフェクトなハンサムに甘えることが許されるのだろうか、と。ショーンは自分が何人もの女性ファンに悲鳴を上げさせたことをすっかり忘れているのだ。
恋をすると、とても視野が狭くなってしまうものだから。
「今年の冬は寒すぎたってだけの話だよ?」
「……ああ、そうだな。寒すぎた」
NFLのオフシーズンは長い。今日はまだその初日に過ぎないのに、どうしてこんな態度を取ってしまったのか、と反省しつつもショーンはオウム返しにしてしまう。ホールデンはこつんと額をぶつけて、鼻先もちょこんと触れあわせた。
「オフの間は目一杯のわがままを聞くつもりで来てるんだぞ?」
青い目は悪戯っぽく笑っているようで、溢れんばかりの情熱が滲んでいる。そうだ、俺はこれを信じたんだっけな、とショーンはその当然で、かつ、大切なことを思い出してゆっくりとまばたきをした。
三回目で目をつむるから、まずはキスをもらおう。
冷えたシャンパンのルームサービスを頼むのは、それをじっくりと堪能してからだ。
【X’mas Advent】1213(007:タナーとQとマネーペニー)
スペクター後日談、注意
「言いたくないんだけどな?」
今夜は遅くなるわ、とダーリンにテキストを入れておいて正解だったようね。われらが幕僚長もとい胃薬担当のタナーはすでにスコッチの瓶を抱え込むようにしてがぶ飲みしているし、放っておくわけにはいかないでしょ?
物わかりの良いちょっとぼんやりしたダーリンは、ちゃんとタクシーで帰ってくるんだよ、という返事をくれた。
「聞きたくないですー」
天才(なのよね、たぶん)Quartermaster、Qはスロースクイーズのスムージーを飲みながら、酔っ払いに抑揚なく合いの手を入れている。それにしても何が混ざっているのか、ひどい色。わたしは遠慮して正解ね、肌に効くって言われてもごめんだわ。
「いーや、聞いてくれ!おまえにだって責任の一端はあるんだからな!」
タナーは目下『後始末』に奔走している。国家の相当な要人が犯罪組織と手を組んで起きた今回の「事件」は解決には至ったけれど、すべてが秘密裡に済んだわけではない。
秘密にしようという努力はしてたのよ、これでも。
ただ、それが結局のところ上手くいかなくって、目下タナーは文字通り「奔走」しているのよね。当然Mが表の顔として立っているのだけれど、それ以外のことは全部タナーの取り仕切りだ。
「俺はね、ごくごく普通の秀才なの。小さい頃からたくさん本を読んで、勉強して、いい成績で大学行って、国の為に働くことはいいことだと思って入局して、頑張ってきたんだよ、わかる!?」
確かにタナーはわたしのようなエージェント志望でもなかったし(00ナンバーとはいかないけれど、今も訓練は続けてるのよ)コードネームもない。
だから彼はこっち側とあっち側(政府とか国家とかマスコミとか世間体とかそういう方ね)の架け橋的な役割を任せてしまっているんだけど、それは意味のあることだと思うのよ。
それが不満なのかしら?
「俺は俺なりに頑張ってきたし、君らのような特別枠ともそれなりに上手くやってるさ」
わたしは冷たいお水を持ってくるようにバーテンに合図を送った後、タナーの肩をそっとさする。
なるほどね。
「でもな……!」
彼が何に対して憤っているのか、わたしにはようやくわかった。Qもきっとなんとなくわかっているから、こうしてそこに座ってるんでしょうね。
「でも俺は、ふつうの人間なんだよ……」
うん、そうね。
「だから、勝手に人生を終わらせようとしたりするヤツの気持ちはわからないし、一人で何でも解決しようとする人の気持ちもわからないんだよ」
それから、自分が死んだ時のことを想定してメッセージを残す人の気持ちも。
「クリスマスカードを……書いてたんだ……」
Qは猫の写真をそっとタナーの手の横に置いて、見せる。何やってるのよ、と思ったけど、タナーは眉を下げて泣きそうな顔で笑って、かわいいな、と呟いた。
「こんなに忙しいのに……、損害を試算して、苦情をとりまとめて、Cに解雇されたダブルオーセクションの人間を集めて、再建の計画を立てて……」
死ぬほど忙しいのに、徹夜してでも、
「クリスマスカードはちゃんと書かないと、と思って……」
タナーはそこまでを言って、Qの猫を画面越しに撫でた。わたしはもう一度、肩をさすって、お酒を取り上げた。指は氷のように冷たくて、震えいていた。
「ジェイが今……どこにいるのかも知らないのに……。Mにクリスマスの話を振ることもできないのに……」
クリスマスカードに、何て書いたと思う?
「来年は、きっと良いことがあるって書いたんだ。俺はふつうの人間だから、命を賭けることも、盾になることもできないから……無責任に楽しいことを願うんだ」
わたしはタナーの声に、目をぎゅっと閉じた。気の利いた言葉一つ、探せなくて情けないわね。
「きっと良いことがあるって……何なんだよな……、ほんと……俺って……」
バカだな。
ぽつりと呟いた声は掠れていたけれど、胸の奥に染みる。目を開いたら涙が溢れてしまいそうで、怖いのよ。それでも、あなたはバカなんかじゃないって伝えないとね。
そう思ってわたしが目を開けた、そのタイミングでウェイターがこちらに近づいてくるのが見えた。
わたしは少しだけ緊張して、タナーはうなだれていて、Qは携帯で別の猫の写真を探していた。口下手ってこういう時困るわよね、わかるわ。
「お客様、あの、こちらを……」
そこに置いてあったのは、こんな街ハズレのパブとはあまり相性の良くないように見える、ショッキングピンクの箱に金の箔押し、プレスタのトリュフチョコレート。
よりにもよって、チョコレート!
「……ジェイ……」
顔を上げたタナーは困り顔のウェイターから箱を受け取ると、添えられたカードを見て舌打ちをする。
「何って書いてありました?」
Qもわたしも彼の置き土産やプレゼントをもらったことはあるから、またタナーが厄介事を増やされたのかと心配になったけれど、タナーはQの言葉に肩をすくめて、こう言った。
「食べ過ぎ注意だと」
「え、それだけ?」
「それだけ」
タナーはゆるく頭を振ると、箱に手をかけた。そしてトリュフを一粒手にとって、口の中に放り込む。
「美味しいわよね」
「ああ、美味い」
僕にも下さい、と言ってQが手を伸ばしたので、わたしもご相伴にあずかることにして、横目でちらりとタナーの様子を伺った。先ほどよりも落ち着いて見えたし、顔色も良くなっているような気がする。
大丈夫なのかしら。
「悪かったな、愚痴につきあわせて」
「いいのよ」
「猫、触りにきてもいいですよ」
ありがとう、とタナーは口の端で笑って、深い息をついた。もう一つ、とトリュフをつまんで、肩をすくめる。
「……二人には別のことを書いたからな」
「楽しみにしてるわ」
「お説教じゃないといいんですけど」
さて、どうかなと笑って、タナーは水を一気に飲み干した。抱えてた瓶は床の上、足で引っかけないようにね。
「ねえ、せっかくだからもう少しおしゃべりして行かない?」
二人が頷いたら、ここからはあの勝手な男の悪口大会をはじめましょう?
きっとどこかで大きなくしゃみをしてるわよ。
お仕置きには、甘いと思うけどね!
——————————
当方タナマロですが、タナー大好きマンなのでこんなお話に!
マロリーは後でよしよししてくれるよ!きっと!
【X’mas Advent】1207(RPS-AU:Viggo/Sean)
“Let’s dig in” Ver.
三枚ほどの便せんに書き付けた文字を彼は何往復見返したのだろう。
「なあ、ヴィゴ……?」
ショーンがそれを彼に手渡してからすでに二十分は経っていると思う。その間、ショーンはカモミールティーとヴィゴの分のコーヒーを入れることが出来たし、軽く上半身のストレッチも済んだ。
さて。
どうしたものか。
「んー……ん、ん、ん……」
頭の良く、機転もきくヴィゴが眉間に皺を寄せて、唇を引き結んで(さらに、左側にぎゅっと力を入れている)難しい顔をしなければいけないほど、難解なことを書いたわけではない。
ブログに載せているような程度の文章で、二週間後のクリスマスパーティーのために考えたメニューが書いてあるだけだ。
オーソドックスなのと、少しコンテンポラリーなのと、もう一つはデザートだけのメニューリストだ。我ながらよく出来ていると思うのだけれど、ヴィゴはずっとこの調子だ。
「ヴィゴ」
腹が立つというわけではないけれど、毎日美味しい、美味しいとあれだけ言ってくれているのにどうして渋面なのかがさっぱりわからないのだ。理由があるのなら、言ってくれれば対応はできる。
黙っているつもりなら、こっちにも考えがあるぞ?
伊達に何年もトラベルメーカーをやってきていない。
腕っ節には自信があるんだ。
「……その、パーティーの時の食事なんだが……ケータリングに頼むはどうかなって……思ったんだ……」
こっちが下を向こうが、背中を見せようが、じーっと熱い視線を送ってくるくせに今日に限っては視線を逸らしたまま顔を上げようともしない。
「ふぅん……?」
フィンガーフードの種類が足りないと言うのなら、あと四品はすぐ考えつくし、とろとろのツナだって市場に必ず仕入れてくれるように脅しをかけてある。
生ハムだってこの間ありったけの試食をして一本選んだんだぞ?
羊のグリルが嫌なら、鴨にしよう。
さあ、どうだ!
と、まあ、言いたいことを全部飲み込んで一言、相づちだけを返したショーンにヴィゴはようやくはっとなって顔を上げた。
「ち、違う!そういう意味じゃないんだ!」
「そういう意味って?」
「あ、いや……その……」
そんな低い声聞いたことがない!と涙目になるぐらいなら、何だっておかしな態度を取るのだろう。ショーンは胸の前で腕を組んで、ヴィゴの顔をじっと見つめる。
半分ぐらい目を細めているから、睨んでいるように見えるかも知れないが、それもこちらの計画通りだ。
さて。
言い訳は好きではないが、どうやって申し開きをするつもりなのか、聞いてやろうという気持ちでショーンは顎をくいっと上げて、ヴィゴを促した。
「初めてのクリスマス……だろ?」
その、俺達、二人のさ。
そう続けたヴィゴにショーンは、二度ほど頷いた。何を当たり前のことを言っているのだろうか?と首をかしげたくなったが何とかこらえた。
「で……、その、クリスマスディナーの時に作って欲しいというか……」
ヴィゴは言葉を扱う仕事に就いているとは思えないぐらい拙い言い訳をぼそぼそと口にして、世界で一番ショーンの作る飯は美味いってわかってるけど、と消え入るような声で呟いた。
「何言ってるんだ、一番はママだろ」
「うー……」
さて、頭の中身がゆるいと言われる俺でもこのケースは理解出来たと思う。
「おまえがホストのパーティーなんだ、作らせてくれよ」
それで彼の仕事が円滑に進むのならば、パートナーとして腕を振るう価値があると思う。もちろん、報酬も頂くつもりだから、これはプロとプロの契約だ。
いいか?
わかったなら次に進むぞ?
「で、クリスマスの夜は……おまえのためだけに作る」
二人の食事にカナッペがいるか?
答えはノーだ。ターキーは先月で勘弁だから、ローストビーフにしよう。ゆっくりとワインを飲みながら、。おしゃべりをして、体が温まるような食事のためのご馳走にするよ。
スープだって気取ったコンソメより、具だくさんなチャウダーが好きだろう?
「……くだらないことを言ってごめん……」
「わかってるならいいさ」
ショーンは優しいな、と呟いたヴィゴはがっくり肩を落として小さくなってしまった。今更ながら自分の狭量に気づき落ち込んでいるのだろう。
ショーンとしてはこんな些細なことでも彼の愛情の強さを知ることが出来るのは悪くないとは思っているが、そうだな、二十分は悩み過ぎだ。少し拗ねたら、後は任せてくれないと。
「で、どっちにする?」
「……会場がギャラリーだからな。コンテンポラリーで!」
試験管料理ほど前衛でもないけれど、面白い料理をスペイン人の料理人に教わったから、それを応用出来たらいいと思っている。メニュー自体は気に入っていただけたようで、顔がだんだん気むずかし屋のそれから、美味しそうだな、と想像する顔になっている。
「……ん?」
「俺は……その顔が楽しみでヴィゴに美味しいものを作ってるんだ」
ヴィゴは顔?と眉を上げて見せたが、すぐに耳の方まで顔を赤くして、照れ出す。
あまり甘やかすのは良くないとシャーリーズは言ったりするのだけれど、これも一つの楽しみではあるんだ。
「今晩のメニューは何だと思う?」
ヴィゴは照れを隠すように髪をかきあげ、俺の好きなもの?と気取って見せるが、嬉しそうに頬が緩んでいるから台無しだ。
「ビーツサラダ、ポテトパンケーキ……」
それから、
「にせものウサギ!」
定番のデンマーク料理の三品にヴィゴの表情はぱっと明るくなった。合い挽き肉で作るシンプルなミートローフもそうやって呼べば、何だかとても楽しげに聞こえる。
子供の頃、よく食べていたのだと笑うヴィゴにもう嫉妬の色はない。
ショーンはほっとした気持ちを顔には出さず、よしよしと彼の頭を撫でてやることで、伝えることにした。
ごめん、はいらないぞ。
だから、ハッピーなクリスマスを楽しもう。
「パーティーまでが大変なんだからな」
「まったくだ」
プレゼントリストを埋めるため、週末はメイシーズを駆けずり回ろう。それもまた、二人で過ごすクリスマスの一部さ。
————————
デンマークと言えばブタ料理らしいだよね。
食べたい、食べたい!
【X’mas Advent】1204(U.N.C.L.E:ソロとギャビー)
「ねえ、ソロ!」
とんだ食わせモノだったウェーバリー英国海軍中佐殿のおかげで、文字通り世界中を飛び回ることになったナポレオン・ソロ、イリヤ・クリヤキン、ギャビー・テラーの三人だったが、束の間の休息というか作戦待ちというか(もちろんウェーバリーの指示だ)、しばらくの間パリでの待機となった。
支度された住処はそう大きくも豪奢でもないアパルトマンだったが、少し歩けばマドレーヌ広場に出られるということもあり、ソロは十分に気に入っていた。
イリヤは居心地が悪そうで(KGBとパリというのがもう明らかに相性が悪そうだ)、ギャビーは少し様子がおかしかった。いつもニコニコしているタイプでもないが、気の強さがさせる仏頂面でもなく、気が沈んでいるように見えた。
そんなこともあり、ソロは夜のお相手を探しに行く前に、ギャビーのためにとびきりのショコラを探しに行こうと思っていたところだった。
その彼女の声はどこか悲愴に響いていたので、ソロはゆっくりと振り返りながら、眉をひょいと上げてそれに答えた。作られた完璧なスマイルは彼女には必要ない。
ギャビーは下唇を噛み、視線を上げられずにいた。言いたいこと、聞いて欲しいことがあるけれど積極的に言えるわけではない、そういう言外の声が滲み出ているような様子にソロは一つ頷いて、こう続けた。
「散歩に行こう、ギャビー。今日は空が高い」
「え、ええ……」
イリヤがこんな様子の彼女に気がつかないはずがない。しかし、自分は役に立たないと思ったのだろう。彼のいる部屋からは何の物音もしない。難しい顔をしてチェス盤を見つめているはずだ。
パリの冬の空気は重くて、冷たい。ヨーロッパなどどこも同じかもしれないが、ギャビーが過ごした街のまとわりつくような、足元を絡め取られるようなそれとは違う。
空を見上げたそこに有刺鉄線を見ることもない。
「あのね、ソロ……」
彼女の足元はかつての丈夫なだけが取り柄の行員用のブーツではなく、なめした柔らかい牛革で作られたヒールのある、キャメル色のブーツに変わった。
一生、見ることのなかった景色を見られるようになったはずの彼女が、こんな顔をする理由がすぐには思い至らず、ソロは彼女が話すのを待った。
「シュトーレンって……作れる……?」
しかし、その問いにソロは一瞬何のことを問われているのかわからず、間を置いてしまった。
「作れるだろうね」
幸いギャビーがそれに気がつく前に返事をすることが出来たが、彼女はその答えにも目線を下に向けたままだ。作ったことはないが、レシピを探すことはたやすい。それに料理に手慣れていれば、家庭料理のたぐいだろうそれに苦戦することはまずない。
ああ、そうか。
と、ソロはあたりの華やいだ空気に今更ながらに気がついた。シャンゼリゼ通りにはクリスマス市が立ち並び、ラファイエットのショーウィンドウは眩しくて目がくらむほどの飾り付けが為されている。
彼女の目にそれはどう映っていたのか、考えていなかった。
「わたしね……、義父からなんでも習ったの……」
車の修理や改造の仕方、工具の扱い、運転技術、確かにそれはソロの知るところで、生半可な技能でないこともわかっていた。
「ああ、良い先生だったんだな」
うん。
ギャビーは肩をすくめながらの曖昧な笑みを浮かべて、小さな声で続けた。
「だけど、ママからは何も……」
彼女の義父も、母親も、そして実父もすでにこの世にはいない。彼女は孤独だ。ディオールのワンピースを着ても、ランバンのトレンチコートを着ても、けしてそのことがなかったことになるわけではない。
彼女は自分やイリヤと違って、普通の少女でいられるはずだった人間だからだ。
「それなら今からマーケットに行って材料を買おう」
ドイツのクリスマスには欠かせないシュトーレンを彼女は何年、口にしていなかったのだろう。
ソロはそのことを問うかわりに、盟友のように、彼女の肩のあたりを肘でこつんと小突いた。
「生地を捏ねるのはイリヤに任せればいい」
確か、たくさんのナッツとドライフルーツ刻んで入れるはずだ。
マジパンはどうやって作るんだったかな。
「それから、とびきりのグランマニエが必要だ」
「最高」
美味しく出来ればそれを君のレシピにすればいいんだ、ギャビー。
ソロはそう言って、ギャビーの二歩ばかり前を歩き出した。
彼女が溢れる涙をハンカチに吸い込ませて、道ばたに止めてある車のサイドミラーで化粧を直すところまでは、ボスのように先を歩こう。
準備が済んだら、お姫様のエスコートをさせてもらうから。
「ソロ」
「何だい、ギャビー」
振り返ったそこにはいつもの勝ち気なギャビーが立っていた。
「ありがとう」
胸に手を当てて、感激の至り、と大仰に答えたソロは彼女の手を取り、ゆっくりとマーケットに向けて歩き出した。
「ロシアのクリスマスはどうなのかしらね?」
「サンタクロースが怖いってことぐらいしか知らないなあ」
イリヤは絶対、小さい頃、あれが怖くて泣いたはずだ。
たぶん、きっと。
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イリヤはまた今度!
ソロだけ地の文で名字にして見ました。名前は特別みたいなので。
【X’mas Advent】1203(RPS:Alexander.S/T.Kitsch)
「なんだ、夜中は消えるんだ……」
テイラーは残念そうに巨大なクリスマスツリーを見上げて、ぽつりと呟いた。冬のNY一番の名所になるだろう、ここロックフェラーセンター前の広場は深夜2時にもなれば、さすがに閑散としている。そういう会話を何度も見聞きしてきただろう警備員が少し離れたところで肩をすくめているのが視界に入った。
そのとおり。
俺はそのことを知っていたけれど、彼にはそう言わなかった。彼が愛してやまないアイスホッケーの試合を楽しんでいる最中にテキストを送って返事があっただけ良かった。
まあ、俺だって仲間と飲んでる時はモバイルが誰のポケットに入っているのかもわからなくなるのだし(下手すればバーテンが預かってくれている)、お互い様だ。というより、俺の方がずっとでたらめだ。
まあ、つまり。
彼は後でここで落ち合おうと言ってくれて、俺はたっぷりのコーヒーで胃と腸を洗浄する羽目になったが、この時間になって無事会えたというわけだ。
足取り軽く、ご機嫌だったテイラーの表情が少し曇ってしまったのは残念だが、もし灯りがついていたらこんな風に街を連れ立って歩くのも、難しかったろうから俺としては、現状に満足している。
表情は?
変わらないように見えるだろうが。
「もう見た?」
「いや、俺が来た時にはもう消えてたな」
髪が伸びたな、とか。
今日の試合はどっちが勝ったんだ?とか。
話題は探せば色々あるのだけれど、俺は三歩離れたところから彼の頬のあたりをじっと見つめる。一度目を合わせてから、少しだけ外して、その位置で話し続けることの多いテイラーを存分に見つめるには、この少し後ろの位置からに限るのだ。
「なあ、今度アレクも一緒にホッケーやろうぜ?」
「気が向いたらな」
「何だよ、それ」
国では男の子のスポーツと言ったらアイスホッケーだ。もちろん道具の扱いだって手慣れたもので、すぐに用意することだって出来る。
テイラーが一番大事にしている世界に誘ってくれていることを喜ぶ気持ちもある。
それなのにどうして、はっきりしない態度を取るかって?
当然だろう。
「俺は気まぐれだから」
テイラーを慕って集まっている言わば身内の中に一人放り込まれてどうしろと言うんだ。ホッケーはチームプレイだ、一人アウェイに置かれるのはごめんだからな。
まあ、そんなこと逐一説明するつもりもないけれど。
「ほんとにな!」
そんなでたらめな答えにもテイラーは気分を害することなう、くすくす笑って、今日自分が彼に送ったテキストを開いて、こちらに見せてきた。
「何だよ」
「絵文字使えたんだな?」
「妹に教わった」
「へえ!」
ウィンクとキスのマーク。
たった一つだけだ。
今夜会える?+絵文字
それでそんなに笑ってくれるのなら、毎日だって送りたいけど、その時の顔を見られるわけじゃないし。
そう、気まぐれだよ。
ジョークに見えて邪魔にならないと思ったんだよ。俺にこんなに臆病なところがあるなんて、知らないと思うけれど。
かわいいおまえの前ではクールでいたいんだよ。
ダーリン、もう少しだけこっちを向いて。
その笑顔を見せてくれよ。
「テイ?」
「ん?」
俺は少しだけ辺りを見回して、少しだけ息を止めて、こう続けた。
「俺より背が低いツリーだけど、これから一緒に飾り付けしないか?」
ティーンエイジャーが家に恋人を連れ込む時の台詞よりも酷い誘い文句だ。少なくとも、深夜に言うようなことじゃない。
しかもなんでそんな小さいツリーを用意したのか、と自分に問いたいくらいだ。
どうでも良かったんだよ、ついさっきまで。
だけど、おまえが寂しそうな顔をするからさ。
そりゃ、スワロフスキーのお星様はないけれど。
「もちろん!」
返事は想像していたのより、勢いがよくて。
テイラーは軽くその場で飛び跳ねた。
「クリスマスにはしゃぐ年でもないけどさ。あっちじゃ気分出なくて、ほら、暖かいからさ」
「雪が積もるまでいてもいいんだぞ?」
「そうしてもいいけど」
本当に?
本当に!
「……やっと笑った」
思わず頬が緩んだところで、ほっとしたようなテイラーの声。俺はどうやらクールを通りこして、不機嫌な気難し屋になっていたみたいだ。
まあ、そりゃ、多少は面白くない気持ちもあったけどな。
俺は俺が一番だと、最高にハッピーなんだし。
それは、まあ、応相談ってことで。
「貴重だろ?」
「ああ、ほんとに」
肘でこつんと小突かれて、テイラーは俺のすぐ横について歩き出した。うーん、これじゃ顔が見えないんだけどな、とこっそり様子をうかがおうとしたところ。
背伸びをしたテイラーが、頬にキスをくれた。
「!!!!」
「内緒話しているようにしか見えねえよ」
きししし、と悪戯っ子のように笑ったテイラーはそのまま、大股で歩き出した。俺はやっぱり後ろを行こうと思ったが、すぐに追い付き、見上げてくる瞳にウィンクをして見せた。
キスは、そうだな。
後で、たっぷりと。
もうたくさんだとわめかれたって、手加減はしないからな!
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夜通し点灯してるんだったら、ごめんね☆
(手元にあるガイドブックには消すって書いて会ったの)
今日きっちゅがNYにいたので書きました!
【X’mas Advent】1202(RPS-AU:Evanstan)
セバスチャンがこの町外れにある少し寂れた教会に神父として着任してから、そろそろ半年になる。
鉛色の空から雪がちらつきはじめ、ここで過ごす初めての冬が来たことを知らせてくれる。セバスチャン自身は寒さには強い方ではあったが、ただでさえあまり人がいない教区だ。雪が積もってはクリスマスのミサに来てくれる人も少なくなりそうで、今のうちに雪かきに必要な道具を揃えておこうかな、とぼんやりと考えていたところだった。
一人の青年がにぎやかにやって来たのは。
「ええと……」
彼は年の頃は自分と同じ、三十歳になるかならないか、そのぐらい。もしかしたら少し下かも知れないけれど、今までセバスチャンが関わったことのないタイプの青年だった。
うるさいぐらいに大きなジェスチャー、くるくるとよく動く表情、時折何を言ってるのかわからなくなるご機嫌なおしゃべり、ぱっとあたりが明るくなるような笑顔を振りまく彼の名はクリス・エヴァンスと言うのだそうだ。
名刺も何もない、ただ彼がそう名乗っただけなので、セバスチャンは小さく口の中で反芻しながら、言葉を継ぐ。
「ええと、ミスターエヴァンス?」
「クリスでいいよ、神父さん」
彼を今までミサでは見たことはない。でも見覚えがないわけではなかった。そのことについて話をしたいのに、彼の落ち着かないハイテンションがセバスチャンにそれを許さなかった。
元よりおっとりしてる自覚のあるセバスチャンは、うんうん、と相槌をどうにか入れながら隙を伺うしかないのだけれど、本当にこういうのをマシンガントークなんだな、と感心してしまうぐらいの勢いなのだ。
「もうずっと神父さんに会いたくて!昨日の夜なんか楽しみすぎて眠れなかったから、めっちゃ寝不足!ヤバい!だけど、そろそろ十二月入っちゃったし善は急げっていうだろ?だから、勇気を出して来たってわけ!あ、なんか用事とかあったら言ってくれよ?俺いい子にして待ってるからさ!」
クリス……、ちょっと待ってとようやく言いかけたのだが、
「ひゃー!神父さんの声、すごくいいね!ね、ね、もう一回呼んで?めっちゃテンション上がる!」
この調子だから、一向に用件が進まない。
はあ……と、わかりやすいため息をつきたいところだけれど、それもできない。あまりに楽しそうで(時折その場で飛び跳ねたりする)それを邪険にするのはかわいそうな気がしたのだ。
たとえ、彼がここ数日の間、何度も教会の裏手にある森の中をウロウロと歩き回っていて、それをセバスチャンが警戒していたとしても。
ここまで邪気がないと、警察に通報しようと思っていたことを伝えるタイミングを探してしまう。しかし、教区と教会を守る任にある自分が見逃すわけにもいかない。
「クリス?」
もう一度、今度は少し喉を張ってその名を呼ぶと、彼の笑顔はだらしないぐらいにふにゃりと崩れた。それどころか耳までを真っ赤に染めて、じたばたとその場で足踏みだ。
うーん、どうしよう。
セバスチャンは迷いながらも、どうにか先を続けることにした。
「君、最近よく……裏の森に来てるよね?教会は常に君に門を開くけれど……」
森は一応教会所有の土地で、という考えていたセリフは立ち消えてしまった。
「神父さん!気づいてくれたんだ!」
思い切り、強い力で抱きしめられてしまったから。
薄暗い教会で日々を過ごす自分と違ってクリスはなんらかのスポーツをやっているのか、長い手足に十分すぎるほどの筋力をつけているらしい。それは息が止まるほどの強さだった。
「自己紹介してからの方がいいとは思ったんだけど、先に見ておきたくてさ。ね、ね、俺の顔とかもう覚えてくれてるの?街でばったり会ったらわかるぐらい?」
何を見ておきたかったのかもわからないし、彼の問いかけは矢継ぎ早すぎて、口を挟めない。
ああ、こういう時はどうしたらいいのですか?これがもし告解だったら、もう一度言わせるわけにも行かない。何とか理解しなければ。
「一本、いいのを見つけたんだよ、神父さん!」
ついに。
どうしようもなく勢い込んだクリスは音を立ててセバスチャンの頬にキスをする。それは父親が子供にするような、はたまた逆のような、そういう類いのキスだったけれどセバスチャンは驚いて、思い切り目の前の青年を突き飛ばしてしまった。
なんてことだ、暴力なんて!
「……っ」
思わず両手で口元を覆ってしまったセバスチャンに、クリスの目が大きく見開かれた。どうやら彼の目にはひどく怯えている様に見えてしまったらしい。
「ご、ごめんなさい、神父さん!俺は……俺は……!」
彼は勢いよくその場で膝をつき(痛いだろうに)、それこそ大仰な演出の映画で神に許しを請う信徒のような格好で、手を組み、そこからこちらを見上げた。
きれいな目の色だな、とセバスチャンは思った。
薄暗い中でもそれが鮮やかな青色だと見てとれたし、反省のせいなのかすっかり潤んでしまっているものだから、燭台の灯りにゆらゆら揺れて見えた。
くーん、と情けない鳴き声が聞こえてきそうなその様子にセバスチャンは小さく笑って、そっと手を差し出した。
彼が森に潜む悪党ならとっくにことを起こしているだろうとの判断もあったが(ほとんど自分はひとりきりでここにいるので)、何よりこの人懐こい大型犬のような青年が、悪い男、には見えなかったからだ。
「こちらこそ、突き飛ばしたりして……」
「そんな!俺が悪いんだ、あと、その……何かトラウマとかあったりしたのかなって……こないだそういう映画見て、その悪い神父さんが……」
イージーイージー、なんてこと言い出すんだ君は!
まあ、そういう話はこの世界でゼロではないけど、とセバスチャンは呆れ半分、憎めなさ半分でクリスの手をぎゅっと握って、大丈夫だから、と囁くように言った。
それから、今日は人の話は最後までゆっくり聞くものだということを覚えて帰って欲しい。
ひっく、としゃっくりを飲み込んだようになったクリスはパチパチと瞬きを繰り返し、ややあって、良かった!と安堵の笑みを浮かべる。
「心配をありがとう」
「当然だよ。だって神父さん、めっちゃかわいいから俺ずっと心配してたんだ。森に用事があったんだけどさ、あんたの護衛もできたらなっていつも思ってたんだ、どうかな?何なら住み込みでもって、ハハハ、気が早いかな?だよなー!」
「クリス!」
もうらちがあかない!とセバスチャンは覚悟を決めて少し多きな声で彼を制した。
きょとんとした顔でそれに答えたクリスだったが、くじけずセバスチャンは彼の顔の前に一本指を立てた状態で宣告した。
「言いたいことは一つずつ、わかりやすく、順番に話すこと!ちゃんと最後まで聞くから」
涙ながらに告解する信徒だってもう少し筋立てて話すことができる、とセバスチャンはついに一つため息をこぼした。
それにクリスは少しは反省したのか、口を閉じたまま深く頷いて見せた。
「……なるほど」
それから十分ぐらいかけて彼の話を聞いたことには、だ。
彼はここから車で三十分ほど離れたところにある児童養護施設でボランティアをしているのだと言う。スポーツの指導から備品の修繕まで、やれることは多いとのこと。
そこで何度かお祈りに来ているセバスチャンを見たことがあるということ。
いつか会って話をしてみたかったということ。
それからクリスマスが近いから街一番で大きなクリスマスツリーの飾り付けを子供達と一緒にやってみたいと思ったこと、などを話してくれた。脱線しそうになるのをどうにかこうにか制しつつではあったが、ようやく彼の行動の意味がわかってきた。
つまり、彼はこの教会の裏で適当な大きさのツリーを探していて、この思い付きにセバスチャンを巻き込もうとした、というわけだ。
「飾り付けからやりたいんだよ。ほら、みんなでワイワイやると楽しいだろう?」
「そうだね」
「じゃ、じゃあ、良い?一緒にやってくれるだろ?」
セバスチャンはもう降参、とばかりに両の手を目の高さぐらいまで上げてクリスに手の平を見せた。
「でも、ここの木は倒せないよ?」
「このままでやるんだよ!電飾もつけてさ、華やかにしよう!そうしたら教会のミサにも人が増えるかも知れないし」
何でもお見通しなんだな、と軽くにらんで見せても、全く悪びれないクリスにセバスチャンも納得するしかなかった。グリズリーが出たらどうする?なんていう脅しを言っても仕方がない。
「なあ、俺に任せてくれたら最高のクリスマスにしてあげるから!」
「子供達にとって良いものであれば」
「もちろん!」
「せっかくだから炊き出しもしようかな」
クリスはそのアイデアには飛び上がって同意して、天才の称号を授けてくれた。
まあ、こういう友人が一人ぐらいいてもいいのかもしれない。
セバスチャンはそんなことを考えながら、こう続けた。
「早速だけど、ホームセンターまで車出してくれる?」
「おおせの通りに!」
クリスはその場でまたも大きく飛び上がると、こらえきれないとばかりにそのまま表まで飛び出して行った。
雄叫びのような声が聞こえるが、セバスチャンは深く考えないようにして、誰もいない教会の中をぐるりと見回した。
それから、しーっと唇に指を当てて「秘密」のポーズだ。
「よろしく、ミスター・エヴァンス」
これからもよろしく。
雪が積もったら一番に来てくれると嬉しいな。
――――――――――――――
早速長くなってるど……
【X’mas Advent】1201(ラムロウとロマノフ、ところによりキャップ)
「何も聞かないで」
エージェントロマノフは苦虫を噛みつぶしたような表情で、それだけを言い捨てた。シールド一番の美貌の持ち主とも言われているが、今の時点ではそれをすっかり台無しにしてしまっていると言える。
彼女は手に色とりどりの糸を使った、カラフルで野暮ったい、足を入れるには大きすぎる靴下を何足も持っていた。絵柄を見れば、誰が見てもそれがクリスマスに暖炉のマントルピースの前にぶら下げるためのものだとわかるが、あまりにもこの場所にはそぐわない。
ここはシールド本部トリスケリオンの一角、エージェント達の詰め所のような場所だ。その中でも最も優秀とされるストライクチーム専用のエリアともなれば、なおさら。
それをすべてわかった上で、彼女はそれをここに持って来たのだろうだろうが、やはり異質だ。機能的な施設や道具、武器が揃っているだけの部屋には靴下をぶら下げるフック一つも見当たらないのだから。
しかし、ラムロウはその靴下に興味もなければ、彼女に問いただすような気にもならなかったので、周囲の様子を伺いつつも人ごとのように装うつもりでいた。
放っておいても、彼が尋ねる。
「ロマノフ?」
ほらな、とラムロウはひそかに眉を上げた。
「何よ」
女が不機嫌にしていても構わないで疑問をそのままにしないのが、この男、キャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャースだ。
彼はその靴下の理由というよりも、不機嫌の原因を知って対処しようと思っているのだろうが、そのまっとうさが人を苛立たせることもあることを、彼は知らないでいる。
ラムロウは姉弟のような二人のやりとりを横目に、弾倉に銃弾を込めていた。
「その靴下、どうしたんだ?」
「内勤の子達にもらったのよ。皆さんで分けてくださいってね」
ああ、もう。
言わなきゃわからない?とロマノフが恨みがましくロジャースを睨んだが、彼はあまり状況がわかっていないようだ。
「もうすぐ、クリスマスでしょ?」
これ見よがしなため息を挟んだ後、ロマノフはこう続けた。
「私達があまりに普通じゃないから、心配されてるのよ」
そこには自虐的な響きこそなかったが、寂しさは漂う。本来なら彼女が内勤の、特にバックオフィスを担当するような女性達と口を利く必要はない。
ただ、あえてロマノフはそこへ顔を出し、彼女達の名前を覚える。その理由を問うたことはないが、おそらくは、正気を保つ為だと思った。彼女達の世界は、ロマノフの知るそれよりずっと退屈ではあったが、ずっとまともだからだ。
「……そうか」
ロジャースはそう頷いて見たものの、いまいち事態を把握出来ていないのがわかる。ロマノフもそれ以上は説明するつもりはないのだろう、一足ずつですべて柄が違うらしい靴下をデスクに並べて、その内の二足を手に取った。
ラムロウはその一部始終を目の端で観察していたが、そこでついに彼女と目が合ってしまう。
「何よ」
彼女がかつていた国の風習がどうだったかなんて知らない。その靴下をどう使うかも興味はない。
「俺も、一足もらっていいか?」
ただ、脳裏にちらりと誰かの顔を思い浮かべてしまった。
「……ええ、もちろん」
少しの間が、戦いに明け暮れるだけが脳だと思われている男に対しての戸惑いと疑念を示しているが、ラムロウは構わず続けた。
「最近、猫を飼ったんだ」
そいつのおもちゃにでもするさ。
と、言ってボンボンのついたデザインの、靴下を選んだ。
「ふぅん」
「当日はご馳走でも頼むか?」
普通の人に見えるように。
そう尋ねるラムロウにロマノフはこう答えた。
「普通の人は、家族と過ごすらしいわよ」
「それはそれは」
知らなかったな。
ラムロウも肩をすくめてそう答え、猫がいるんでしょという視線には目を細めるに留めた。
その猫は、とてもとてもねぼすけで。
会えない時もあるんだ、なんて誰にも言えないのだから。
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アドベント、初めてみました。
最初はぬるめで。
ゆるゆると24日まで、色んな面子で書いて行こうと思います!