<出来上がる前だよ>
「アレクと話してると首が痛くなるんだよなー!」
確かそんなことを言ったような気がする。その場にいたみんなが同意したし、笑いも取れた。
その場のジョークのつもりだった、の、だけれど。
うーん、と。
「……」
その瞬間からずっと彼の機嫌が目に見えて悪い。
彼は無表情になるととたんに氷のように冷たい顔になってしまうみたいなんだ。そんな顔でやっぱり上の方から見下ろされるのは良い気分がするはずもなく、俺は無意識に唇を尖らせてしまった。
「……」
機材のトラブルが出て次のシーンの撮りまでまだ少しかかる。二人のシーンを撮る前にこの雰囲気が良くないことぐらいわかっている。
でもいい年してそんなことぐらいでへそを曲げられても、と思うのだ。プロとしてどうかしている!
そんな風に毅然と立ち向かうことが出来れば、と思いかけたその時だ。
「……!」
アレクがすぐ目の前、息もかかるようなところまで顔を近づけてこちらの顔を覗き込んできたのは。
ひっ、と変な悲鳴を上げそうになったのを必死にこらえて(と、いうよりもひきつった笑顔でごまかして)、何のつもりかを問おうとした。
正直、だいぶ、怖い。
「上目使いがかわいかったから」
「へ!?」
「テイが上目使いで俺を見るのがかわいかったから」
それはいいよ、わかったから(わかりたくもないけど)。
だからそれが何で不機嫌とつながるのか、と聞き返そうとしたのにアレクはそれを許さなかった。人差し指を唇に当てて、静かに、のジェスチャーだ。
彼が小柄なメイク係やスタイリストの首を痛めさせたという話は聞いたことがないから、だいたいが、こちらをからかうために胸を張って背筋を伸ばして更に大きく見せていたのだとも思っていたりもした。
だから、あんなジョーク(のつもりだったんだ、本当に)を言ってしまったのだけれど、からかったんじゃないのか?
ええと、本気で上目使いさせるために?
わーお!
「……たまにそれを見せてくれるんなら譲歩してやってもいいぞ?」
「譲歩って……」
何を言い出したのかと思ったが、そろそろ監督も戻ってくる頃合いだ。俺はてきとうに二、三度ほど頷いて(食事をする時正面にでも座ればことは済む)、困った弟、の表情で笑って見せた。
「頼むよ、アレク」
「テイに頼まれたらしょうがない。何だってする」
食い気味の即答に、どうだか、と思いはしたが現場の遅れの原因が自分になってしまうのはごめんだったので、その言葉をとりあえず聞き流すしておくことにした。
とたんにご機嫌になった共演者に安心した俺はカメラの方を向いた。おかげですんなり演技に入れそうだ。
うん、これで良かったんだ。
た、たぶん。