【X’mas Advent】1220(RPS-AU:John.H/Sean)

“Just Snatched” Ver.
泣く子も黙る?
Queen’sCounsel、勅撰弁護士、通称「シルク」であるジョン・ハートは、今日も若手からの羨望の、同僚からは嫉妬含んだ眼差しをそのシルクのコートに浴びながら、裁判所の大階段を早足で降りる。
特に急いでいる用事がなくても、彼はそうするのだけれど少し猫背で足元の方を見て歩く癖があるので、あまり周りは見えていない。慌てたように見習い達が後を追うのがいつもの光景だ。
「ジョン!」
しかし、トップクラスの弁護士であるジョンにも弱点はある。
「……ショーン……!」
それが、彼。名前をショーン・ビーンと言って、クラブの夜の清掃員であり、出張ウェイターであり、ロンドン警視庁で性犯罪に関する特別捜査班、サファイアユニットの情報屋でもある、ちょっとした「訳あり」「訳知り」の青年だ。
白い肌、毛足の長いブロンドに、大きなジェイドグリーンの瞳、目尻のすうっと切れた、美形。
そんな彼にジョンは一目惚れをし、誤解のせいで安直な説教を講釈したあげくに、大変なことをしでかしてしまったのだ。
それはどこの記録にも残っていないけれど、端的に言えば、犯罪だ。
誘拐、監禁。
その罪を犯した人間を何人も見てきたが、まさか自分がそんなことをしでかすとは思ってもみなかった。恋は盲目とは言うけれど、熱にうかされていたのは確かだ。
「そろそろ終わる頃だと思って」
しかし、事実は小説よりも奇なりと言ったもので、想いが通じたのか、どういうわけか、未だにジョンはこの状況を言語化出来ないけれど、ショーンと自分は、何となく関係が続いている。
当然、監禁し続けているわけではない。一目惚れを絶対に信じないショーンに、自分の抱いた愛情を伝え、その後、恋人達ほど頻繁ではないにしても、キスを交わすようにはなったのだ。
ハグだって、たまには。
許してもらえる。
「あ、ああ、確かに……」
「少し長引いた?」
「そのようだ」
時計を確認すると、確かに見当していた時間よりは押してしまったことがわかる。後ろの方で見習い二人がこそこそと耳打ちしあっているのがわかって、渋々振り向いた。
「先に戻っていてくれ」
「はい!」
返事だけは立派なものだ、抑えきれない好奇心を瞳にきらめかせてはいたけれど、シルク様に逆らうわけにはいかない。我先にとでも言うように、駆け足でいつものたまり場、パブに向かった。
「そ、それで……何かあったのか?」
ショーンはボランティアで、夜の街で身を守ることもなく、選択を誤ってしまった少年少女を守るための活動をしている。ソーシャルワーカーでもなければ、警察でもないのに。
自分の身に起きた恐ろしいことのような悲劇が他の誰かに起こらないように、という彼の志を否定する気はないが、恋に焦がれる男には単純に彼の身が心配でならない。
仮に非力な頭でっかち、だと自認している自分が、彼を守るための術を何一つ持っていないとしても。
「ああ、あのさ。めっちゃ大きなツリーを買っちゃってさ」
わかる?
世間はクリスマス前で浮かれてるんだけど?
「あ、ああ……」
いくら仕事人間でもクリスマスぐらいは知っている。あと数日でその日が来るということも。当然、ショーンのためのプレゼントも用意してある。
渡せるか、どうかはこの際どうでも良い。
「で、あんたんちに置いてもいいかな?飾り付けも、後片付けもするからさ」
良い株なら庭に移植してもいい、と促してくるショーンにジョンは目を丸くした。
確かに、数度の「デート」のようなことと、二週間に一度ぐらいにはOKをもらえる「ディナー」、何度かのキス、は許してもらえていた。夢見がちな人間なら「ステディ」だと勘違いしてしまいそうなぐらいだとは思う。
しかし前科者であるジョンはそこまで楽観的にはなれないでいる。いつか、気持ちをわかって欲しいとは思っているけれど、それ以上の願いは贅沢というものだ。
「もちろんだ……い、居間にはほとんど何もなくて……」
ろくに見ることもない大型テレビと、座り心地だけはかけたお金分保証されているソファ、ローテーブルがある、それだけだ。裁判資料を広げてスコッチを飲む、それだけのために使われている部屋にクリスマスの飾り付けをしたことは一度もない。
「知ってる」
「あ、ああ、そうだったな」
監禁、以来。
ショーンを自宅に呼ぶようなことはしていない。平気な顔をしていながらトラウマになっているという可能性がゼロではない限り。
ジョンは過去の過ちに完全にコントロールされているような状態だった。拒まれないからと言って、許されたとは限らないし、愛情を信頼してもらっているわけでもない。
「だから俺が派手に飾り付けてやるって!」
天井ぎりぎりぐらいになるかも、と言って笑ったショーンは承諾を当然としていたのか、たくさんのオーナメントやリボンを買ってきていたらしい。足元には三つほど、大きな紙袋が置いてあった。
「料理は全然駄目だから、ご馳走はジョンの担当な?」
それは得意分野だ。一人暮らしの中年男の唯一の趣味だったが、ショーン以外の誰かに食べさせたことはない。
彼は美味しいと言ってくれていた。
しかし、だ。
「ショーン……?」
ジョンは彼の次の言葉を遮るように、名を呼んだ。
「ん?」
彼の瞳は冬の弱い陽光の中でもキラキラと輝いていた。今日はニット帽の中に隠れてはいるが、そのブロンドも同じくいつだって輝いていて、ジョンの目には天使にも女神にも見えた。
だから、わからないのだ。
「……クリスマスを……わたしと過ごしてくれるのか……」
その、理由が。
「……んー、まあ、迷ったんだけどさ」
ショーンは軽く肩をすくめた。
「いつもは養護施設の子供達のところに行ったり、夜回りしてたんだよ」
ジョンは何も気の利いたことが言えなくて(法廷ではどんな不意打ちにも動揺することがないと言うのに)、黙って続きを待った。
「もう地元には全然帰ってないしさ」
ブライアンは仕事だって言うし、バーニーのところは人が足りてるっていうし、と続けてショーンは少し首と体を傾けて、こちらを上目使いをするように見た。
彼の方が背が高いのに、こんな時は少女めいている気さえするから、重症なのだ。もう彼のこととなると、まっとうな判断だとかそういうものが一切出来なくなる。
「それなら、恋人と過ごすべきじゃん?」
ぱちっ、と音がしそうな派手なウィンクに、ジョンは自分の心臓が撃ち抜かれたと思った。
息が止まり、声が出ない。
彼は今、何と言った?
「ヘイ!ジョン……!?大丈夫?」
その場でへたり込んでしまいそうになってよろけたジョンのコートをショーンは笑いながら引っぱって、大げさだなあ、と呆れた声を上げた。
「メリークリスマス、ジョン。そういうことだよ、わかった?」
「あ、ああ……あの……でも、それは……」
許されない、と紡ごうとした唇を、ショーンは指先で押さえる。
「もっとロマンチックなのが良かったっていうなら、保留にするけど?」
「死にそうだ……」
助けてくれ、と呻いたジョンにショーンは最高にごきげん、と言ったような笑顔を向けてくれる。夢ではないのか、第三者に判断してもらいたいぐらいだ。
「じゃ、これ持って帰っておいてね。週末行くから」
「あ、ああ」
法衣を着た人間が持つ物ではなかったが、もちろん、了解する。彼は今夜も迷える子羊を助けに夜の街を歩くのだろう。心配だ、という気持ちは伝わっていると思う。
だから、こんな時、かける言葉がわからない。
「ショーン」
だから結局。
「ん?」
これしかないのだ。
「……愛してる……」
答えはまた派手なウィンクと、頬へのキスだ。良い子にしてろよ、なんて囁いてまたこちらの心臓を止めたショーンは軽やかに体の向きを変えて、歩き出した。
少し離れたところから振り替えて手を振ってくれたが、両手の塞がったジョンにはふり返すことが出来ない。それにもショーンは愉快げに笑ってくれたのだけれど。
ジョンは夢ならどうか覚めないで欲しいと遠くから聞こえてきた鐘の音に、小さく呟き、神に祈った。

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