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ステバキ
AOU後AUです。
11:08 PM
床の上で動物が寒さをしのぐように丸まって、一生分の涙を流した気がする。バッキーはスティーブが嬉しそうにびしょ濡れになったスウェットを脱ぐのを見届け、逃げるようにバルコニーに出た。
バルコニーと言っても、高層ビルのそれだ。
バッキーの目にはガラス張りの庭、にしか見えなかった。風を感じることなく、どんな天気でも快適に過ごせる。
それを風情がない、なんて言い切るのは「老人」の悪い癖なのだろうから、黙っているところだ。
だけれど、こんな夜に星を見るには十分だ。ここまで高いところの部屋からなら、マンハッタンのど真ん中であっても星の光は届くのだ。
バッキーは、身のうちに灯った「幸福の灯」をどう扱っていいのか、まだわからない、そう思った。抱きしめられることも、唇を重ねることにも、抵抗は感じなかった。だけれど、自分から強く求めることはまだできない、と。
この不均衡がいつか崩れて、またスティーブを傷付けるかもしれない。
それが、新たな恐れだ、そう思った。
ただ、スティーブの紡いでくれた言葉は、確かな支えになるだろう。
今も、胸の奥に染み入って、留まっているのがわかる。
「バッキー?」
しばらくして、シャワーを浴びてきたのだろう、スティーブがバスタオルで頭をがしがしと拭きながら現れた。野暮な晩生青年は、こんな最高のタイミングでもしっかりTシャツを着てしまっている。
馬鹿だな、とバッキーは呆れたように呟くと(寸止めを了承したのはお互い様なのだけれど)来いよと言うようにあごを上げて合図を送った。
「なあ、スティーブ」
「ん?」
腰に手を回すこともできず、すぐ隣に立って少し首を傾けるだけのスティーブにバッキーは肩をすくめ、親友のように寄り添って、恋人のように手を背に回した。
いつになったら自分を許す気になれるのかわからない。世間が断罪に動けば、いつでも刑務所か何か、そういう場所で閉じ込められる覚悟はできている。
こうしてスティーブと一緒にいられる時間がどれくらいあるのかも、誰にもわからない。
次から次へと不安は尽きない。それでも欠片の希望を見出すことも出来なかった頃よりはずっと良い。
どうにか、そういう方向へ考えられるようになったというのは、成長だと思っていいのだろうか。
たぶん、そうなのだろう。
バッキーは意を決した、とすぐ隣のスティーブをじっと見つめた。喉がひくついているのを自覚しつつ、どうにか言葉を紡ぎだす。
「次の休みの日に……」
これは、再開後。
初めて自分から口にする「誘い」だ。
「うん」
スティーブもそれに気付いたのだろう、目を細め、慈愛に満ちた微笑みをこちらに向けてしっかりと頷いた。
「……ブルックリンに、戻ろう……」
行こう、とは言えなかった。あそこはバッキーにとっても、紛れもない故郷なのだから。
あの日、両親や弟妹に見送られて旅立ったのは、まやかしではないのだろう。
彼等は息子の死を知って、どれだけ辛い想いをしたことだろうと思うと、胸が痛む。
それでも、一度は戻りたい。
町並みは様変わりしているだろう。名残などどこにもないかも知れない。
それでも、自分がジェームズ・ブキャナン・バーンズ、として生きていくのは故郷の力が必要だと、ようやく思えたのだ。
「バッキー……ほ、本当に……?」
「橋の途中で引き返すかも知れないけどな……」
それでも、努力をしてみるつもりだ。
スティーブはそんなバッキーの決意に、大きく頷いて、その体をようやく自分の方へと抱き寄せた。
「大丈夫さ……」
「おまえが一緒なら……心強い」
そう言って、バッキーはスティーブの鼻先にキスをして、涙で腫れてしまった目をごまかすように、子供のようなあちこちくしゃくしゃになった笑顔を向ける。
それから、ありがとう、と息混じりの声で続けた。
スティーブは何か気の利いたことは言いたい、と言うように視線をしばらくさまよわせたが、見つからず、眉を寄せ少し困ったような表情で頷いた。
「ん?」
「……今日の会議で、コミュニケーションのためのワークショップに行った方がいいって話題が出たのを思いだした」
「ふふ……そりゃいいな」
「で、もし……そういうのに通えば……僕ももう少し、上手くできるのかなって思ったんだ」
上手く?
頼むからやめてくれ、とバッキーは喉奥でくつくつと笑う。さっきとびきりのをくれたばかりじゃないか。
愛させて欲しい、なんて。
ひたむきで、真摯で、こんなに胸に来る言葉はない、と思った。
「スティーブ」
だから、バッキーはその感動を伝えるために、もう一度、今度はスティーブの形よいふっくらした唇に自分のそれをしっかりと押し当てた。
すぐに頬を赤くした、恋人、にバッキーは目を細め、
「……愛してるぞ」
と、しっかりと告げた。
泣いてばかりじゃ、伝わっていないと思って。
結果、宙に浮くほどの力で抱きしめられて、ようやく、彼も自覚できたのだということがわかった。
その浮遊感は、前を向いて歩き出すことへの勇気をもたらすものだった。
明日の朝日は、目に染みるかもしれない。
だけれど、空を見上げることは今朝より上手く行くだろう。
そう思えた。
最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました!
すさまじいまでの当方のスティーブのDT力に呆れられてやしないかと思っておりますが、
私もびっくりです(真顔)
でも書きたかったことは詰め込むことができました!
こちらをそのまま本の形にして出版する予定です。
よろしければそちらも手に取って見てくださいませv