【ステバキ】Let me love you【連載 03】

Act.01
Act.02

Act.03

ステバキ
AOU後AUです。

10:28 AM
明確な意志決定機関ではないのが、アベンジャーズの存在意義だと言うのが建前となっていた。その場しのぎと揶揄されることも多かったが、事前に「すべきこと」を決めてしまうと権力が生じてしまう。
あまりにも大きな力、それにトニー・スタークの財力、与える影響力のことを考えるとその事こそが危険因子になりかねない。
とは言え、毎回行き当たりばったり悪事を成敗して回っているわけではない。統計やリアルタイムの情報収集をプログラム化しており、脅威の感知及び排除についてはできうることをすべて執り行っている。ここでも人間の意志は極力排除されていた。
トリスケリオン、及びシールドの内部崩壊に続き、ウルトロンによる一国の崩壊後にこのような運用をすると決めた時には皆しばらく眠れぬ夜を過ごした。あの暴走が巻き起こした悲劇を、勝利したからと言って忘れられるはずもなかったからだ。
今とて油断しているわけではない。
しかし、時が少しずつ緊張を和らげているのは確からしく、スティーブは少しずつ「自分のこと、及びバッキーのこと」を考える時間が増えていることを実感していた。
「と、まあ今日の議題はこんなところだが……」
トニーは彼専用の椅子にゆっくりと体重を預け、大きく息をついた。定期的に行うようにしているこの会議は脅威への対処法や、人員の配置、補充、戦闘訓練についてを話し合うことになっている。
バッキーが戻ってきてからは、彼の現状についての報告も欠かさず行われている。そんな時、いつもスティーブは口を挟まず、技術・医療部門のスタッフからのレポートを眉間に皺を寄せた難しい顔でじっと聞いているだけだった。
そのことについて、父親以上にお節介な男は口を出さずにはいられなかったらしい。ブリーフィングは終了、と席を立とうとしていたスティーブに、視線を投げかける。
「爺さん達の余暇の過ごし方について、追加の議題にしたいんだが、どう思う?」
ナターシャはお断り、という表情は露骨にして見せたが席を立つことはなかった。クリント・バートンは肩をすくめるにとどめたが、ビデオ通話中だったローディーは「俺は仕事人間だ、参考にならない」と、基地での仕事に戻ってしまった。
しかし、話題の主のスティーブは今まで仲間に見せたこともない表情を浮かべ、口を開きかけた。
そして、すぐに馬鹿なことをしたと悔いるように頭を振る。
すがるように、助けを求めるように、皆を見てしまったのだ。
マリア・ヒルが目を見開いて驚くことなんて、それこそ見た事がなかった。スティーブは、あまりに私情をさらけ出し過ぎたと恥じ入るしかなかった。
今、何を話そうとしていた?
顔を俯けて皆の視線から逃れるようにしながら、自問する。
叶わない絵空事について、訴えようとしていた?
まるで、子供のわがままだ。
「この中の誰が余暇を楽しんでるって言うのよ」
一応のところ話を継いでくれたナターシャは両手を挙げて降参のポーズだ。彼女いわく、せいぜい買い物に行ったり、美容院に行く程度のことだという。
「私も飲みに行くぐらい」
マリアも想像通りの答えで、クリントも家族と過ごす、以外にないのだろう。ノーコメントだ。
「ふむ。このチームにはそろそろ一般人の感覚がわかるスタッフを入れるべきだな」
言い出したトニー本人こそ、余暇の使い方が下手な人間の代表格のようなものだ。それでも彼なりに自分を心配してくれているのはスティーブにもわかっている。
「全員が説教されそうだな」
クリントの声に少しだけ口元をゆるめたスティーブは、顔を上げ、ブリーフィングルームをぐるりと見回した。
自分だけが悲劇の男を気取っていることなどできない。全員が命をかけ、運命に翻弄されて、倒れ込んでも何度も立ち上がってきたのだ。
「それはそれで楽しそうよ」
ナターシャは少し目を細め、何かを懐かしむように微笑んだ。
「そうだな」
スティーブはようやく相づちを打って、ありがとう、と唇の動きだけで皆に伝える。こんな時、古い男は武骨で気が利かない。それを言い訳にしているからよくないのだろう。
垢抜けないわね、とナターシャに言われるのはきっとそういうところだ。
「じいさんはどこか行きたいところでもあるのか?」
トニーは少し身を乗り出して、スティーブの表情を凝視しながら手元の端末に世界地図を表示させる。
テロリストの情報や、ヒドラの残党の隠れ家の位置を示すマーカーの一つもない、プレーンな世界地図だ。海は青く、山の頂は白い。
こんな世界だったらいいのに、と誰もが願う美しい地図だ。
これのどこを指せ、と?
「ランニングが精一杯だからな」
「あまりにも有名な顔だから、目立つなと言っても無理があるだろう」
「君ほどじゃない」
「私は好きで出してるんだ」
指先で、地図をスクロールさせていたスティーブだったが、結局どこも選ぶことができずに手を離してしまった。
「変装用のマスクを特別に貸してやってもいいんだぞ?」
スティーブは、また首を横に振ろうとするが、
「スティーブ。あんたの顔色があまりに悪くて表情が暗いから、トニーは心配で心配でしょうがないんだ」
クリントの淡々とした声に遮られた。
「種明かしをどうも」
ふて腐れた顔でトニーはそういうと椅子ごとぐるりと背を向けてしまった。
「トニー、すまない。自覚がなかったんだ」
「今にも死にそうな顔をして?」
後ろ向きのままのトニーの声にスティーブはもう一度「すまない」と繰り返すほかなかった。
「謝るところじゃないんでしょ」
呆れ声のナターシャだが、表情は穏やかだ。
「あれね、まずはコミュニケーションのためのワークショップに皆で通うところからはじめないと」
マリアの軽口に二人で顔を見合わせて笑っている。
「そうだな、時に謝罪は失礼だと教わったんだ」
「バッキーに?」
「いや、ハワードにだよ」
あの頃の自分は、強大な力を得た後の人の優しさや親切を素直に受け入れることができなかったのだ。ひ弱だった頃の自分はそれほど卑屈でもなかったのに、なぜか「血清がなければただの人」だ、という意識が強くなってしまっていた。
そんな自分に親切にするなんて、どうかしている。そんな考えが頭から離れずにいた。打算や媚びを疑ってしまう自分も嫌だった。
そうだ、ああいうのは偏屈というのかもしれない。
とにかく、あの頃は人の好意に「すまない」で答えることが多くて、ハワードに叱られたのだ。鷹揚さに欠けるだとか、器が小さいだとか散々言われて。
「人に感謝することを知らないで、どうして人のために戦える?」
そう言われたんだよ、とスティーブは訥々と語り、じわじわとこちらを向き始めたトニーに、わかるように大きく頷く。
「いい話だろ?」
「まあまあだな!」
トニーの心配は相当なものなのだろう。窺うような視線は表情よりずっと真剣だ。
だからこそ、トニーには「本音」を話すことができない。
彼はきっと傷つき、悲しむ。人の心の動きに気がつけない、鈍いと戦中から仲間達に言われていたスティーブだったが、ようやくそのあたりのことがわかるようになってきた。
今の仲間を、かつての仲間を、拒絶したいわけではない。
ただ、どうしようもなく苦しくて胸が押し潰れそうになるのだ。
「トニー、ありがとう。僕は大丈夫だ」
かつて、幸福だった日々に戻りたくてたまらない。
あの、ブルックリンの街の片隅で、明日が来るのを楽しみに寝床に入ることができた日々に。
けして良いことばかりではなかった。
命の灯火が消えかけた夜もあった。
それでも、傍には太陽のような眩しいバッキーの笑顔があった。少しだけ年上ぶる癖も、今となれば愛しさしか思い出せない。
でも、彼は。
その思い出を遠ざける。
「そうだといいがな」
まだ、その目から真剣味が薄れることはなかったが、どうにかスティーブは自然な笑みを浮かべ、もう一度礼を繰り返した。
「すっかり長引いたな」
これでおしまいだ、と合図するように立ち上がったスティーブにクリントが続く。これから訓練施設で、新しい人員のトレーニングとテストをする予定だ。先に行っているサムが準備を進めてくれているはずだ。
できるだけスケジュールは隙間なく詰めておくのが良さそうだ。
少しでも、悲劇的な予感に苛まれずに済むように。
新しい友達に、これ以上負担をかけてしまわないように。こんな時は丈夫過ぎる体を呪いたくもなる。
酒にも、疲労にも自分を追い込めないのだ。
眠れない夜を助けてくれるものは何もない。
「ヘリで行くか?」
トニー坊やはまだ目は離せないぞ、と言っているようだ。どうやら本気で相当顔色が悪かったようだ。
明日からは鏡で確認してから出かけるようにしよう。
「無駄遣いだ」
「そうかい」
ニヤリと笑って見せると、トニーが頬を緩めたのがわかった。後は、いつも通り部屋を出るだけで良かった。
上手くやれただろうか、と思いはしたが、それを確認してくれるものは誰もいない。
内心で自分に声をかけ、自答するほかない。
大丈夫だ、心配ない。
僕だって上手くやれる。
「ヘリの方が楽だったのに」
半目になったクリントは恨めしげにそういうが、スティーブは「スタークのヘリは落ち着かない」と言うだけに留めた。
「おしゃべりだしな」
「お説教は一日一回で十分だ」
「キャプテンがそれを言うなって」
「……悪ガキだった時代もあったさ」
「聞かん気強そうだしな」
うちのが今そうなんだ、と若干うんざりしたように言うクリントの横顔は幸せそうに見えた。
そうだ、自分はこういう人々を守るための誇りを持っている。
それは揺るがない。
だから、大丈夫。
上手くやれるはずだ。
スティーブはクリントの愚痴を聞きながら、何度も繰り返し、自分に言い聞かせ続けた。

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