<MP24配布ペーパー:再録>
「あー……っと、俺、やらかした……?」
テイラーは起き抜けに、混乱を来している目の前の男、アレクサンダーをじっとにらむように見た後、大きなため息をついてサイドボードに水のペットボトルと、作ったばかりのスムージーを置いた。
その隣には画面の粉々に割れたモバイル。
「カルバンクラインも行方不明、顔中キスマークだらけ、財布も持たずにタクシーに乗って来たんだぞ?やらかしてないと思うか?」
低く落としたハスキーボイスにアレクサンダーは目を細めた。このタイミングでセクシーだのと言い出したらぶん殴ってやるとは思ったけれど、さすがにそこまで馬鹿ではなかったようだ。
ただ、ただ、アレクサンダーは酒に飲まれやすいというだけなのだけれど、さすがに今回は酷かった。
苦しそうだからジーンズを脱がしてやろうと思っても、下着を履いていないのではさすがにお断りだ。ふざけたようなキスマークと、そうでないそれと見分けが付かないほど初心でもないので、それは不問にするつもりだけれど、とテイラーは大きく息をついた。
「……無茶な飲み方するなよ、俺はそれが心配なだけだ」
「ご……ごめん……」
「俺に謝ってもしょうがないだろ」
それ飲んだらシャワー浴びてこいよ、と言い残しベッドルームから出て行く。深夜三時に彼が来てからずっと起きているものだから、さすがに眠くなってきた。良い天気だ、と思っても気分は低空飛行だ。
はあ……、とため息を二度ほど。
それから好きな音楽をかけようとして、止めるを三回くり返して、もう一回長いため息。
「テイテイ?」
あのさ。
まだそこにいたのか、と小さく舌打ちをしたテイラーはやはり、にらむようにしてアレクサンダーを見た。
「あの、手ぶらだった?俺」
「うん」
「そっか……」
アレクサンダーは気落ちしたのか、その場で両の手で自分の顔を覆った。大きな手だから、すっかり顔が隠れてしまい表情がわからない。
「何?」
「……いや、なんでもない……」
俺が悪いんだ、と当たり前のことを呟いたアレクサンダーは作り笑いを浮かべた後、こちらに背を向けた。
まったく、まったく!
テイラーはずかずかと大股でアレクサンダーに近付き、床をドン、と大きく一つ鳴らした。
「これのこと?」
その足の指、左の薬指に指輪が嵌められていた。サイズはぴったりで、内側には文字も掘ってあった。
しかし、テイラーにはまったく読めない言葉だ。
「……ああ、それ……それだよ……」
良かった、と安堵したのかアレクダンサーはその場にしゃがみこんでしまった。テイラーはそんなアレクサンダーに何と声をかけていいのかわからず、ぷくっと頬を脹らませた顔でいるしかない。
彼は何も覚えていないようだから。
「……俺、何て言ってた……?」
おそるおそる、と言った風に聞き出そうとするが、意趣返しの気持ちもあり、テイラーは絶対に教えない、ときっぱり言ってのけた。
どうして、あれを覚えていないのだろうと思う。
タクシー代も払えなかったくせに、彼は部屋に入るなり、その場に跪いたのだ。まったくろれつが回っていないのに、真顔でこう言った。
俺のものになって欲しい、と。
嫌だと言ったら、懇願された。あんな醜態をさらして言った言葉を忘れるなんて、と思うと憤りより悲しくなってくる。
「テイ……?」
何より間抜けなのは、自分がその懇願を聞いてやったことだ。イエスと答え、こうして指輪まで嵌めさせてやった。
それなのに当の本人がこれでは。
「……早くシャワー浴びてこいよ」
「あ、ああ……」
さらに間抜けなことに、だ。
テイラーは近くに置いてあった小さな包みをアレクサンダーに向けて投げつけた。カードを添えてあったがそれはびりびりに破いた。
何が、ハッピーバレンタインだ。
馬鹿。
くそったれ!
「テイラー!」
酒臭いから寄るな、馬鹿!
「……ごめん、テイラー、ごめん……俺、拒まれるかもしれないと思ったら怖くて……」
でかい図体して何を言ってるんだか。
ごめん、をひたすらくり返す(この上擦った高い声を聞くと許してやりたくなるのだ)(夜もそうだった)アレクサンダーを突き飛ばすなり何なりすればいいのに、それも出来ず、テイラーは小さく悪態をつくしかなかった。
それでも、指輪は外す気にもなれず、冷蔵庫の中のチョコレートはディスポーザーに突っ込まずにおいてあるのだから、自分の方がよほどの馬鹿かも知れない。
許すよ、とは言ってやらないけれど。
シャワーを浴びて、酒が抜けたら仕切り直しでもすればいい。
そうしたら、考えてやってもいい。
バレンタインのデートをするか、どうか。
まずは、そこからだ。
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アレクのよっぱらいネタ好きすぎてごめん。