Act.01
RPS-AU
アレクサンダー・スカルスガルド×テイラー・キッチュ
LAでレストランを(ゆる)経営するアレクとクラブのバウンサーのキッチュのお話。
「毎晩、毎晩飽きないねえ」
弟の呆れ返った声にアレクサンダーは表情も変えず、その頭に拳を落とす。山ほどいる弟妹の中でも一番の真人間グスタフは「痛えよ!」と抗議の声を上げたがアレクサンダーは無視を決め込む。
彼の目はずっと路地を挟んで向かい側のクラブの入り口に向けられている。いや、それは「向けられている」などというほどかわいらしいものではなかった。
ほぼ凝視と言ってもいい。
革のジャケットを着た青年一身にその強い視線は注がれていたのだ。
「じゃあ、俺は帰るからな」
「帰れ、帰れ」
グスタフはやってられるか、と大仰に両手を広げながらその場から離れる。
ここは、アレクサンダーとグスタフのスカルスガルド兄弟と、友人のヨエルの三人で経営しているレストランの通用口だ。そこそこ大きな通りに面した店の入り口は一時間ほど前にクローズしてある。
そう大きな店ではなく、給仕に他の弟妹たちを駆り出すこともあったが、だいたいは三人だけでことが足りていた。レストラン、と言うより酒が存分に飲めるカフェ、という位置づけの方が正しいかも知れない。
夕方五時に店を開け、閉めるのは十二時ちょうど。片付けや掃除、翌日の下ごしらえをしても一時過ぎには店を出る。
そして毎晩と言っていい。アレクサンダーはそのまま店を背にした格好で、クラブのバウンサーである青年を見つめ続けるのだ。
屈強なヘビー級のボクサーのような大男がバウンサーの定番だ。そうでなくても筋骨隆々は当然で、ほとんどが強面で入店をチェックしたり店内でのもめ事を腕力で解決する。
そういうものだとアレクサンダーも思っていたのだが、青年は長身の自分よりも拳二つ分ほど小さく(それでもごくごく平均か長身の部類だと思うが)、二の腕が異常に発達しているわけでもなさそうだった。
ただ、この距離からもわかるぐらいにはハンサムだ。少し、不満げに見える仏頂面ではあったが、アレクサンダーの目には人見知りをする猫のように見えた。
年の足りない少女を優しく諭して返すのも見かけたし、二、三人の男を叩き出すところも見た。それに毎日休憩時間もろくに取らず、ずっと立ちっぱなしだ。
アレクサンダーはそれが気になって仕方がなかった。だから、今日は彼の勤務が終わる時間までこうして眺めていようと決めていたのだ。
それに、彼の方も毎日通りの向こう側から見られていることには気がついているはずだ。すでに何度か手を振ったり、小石を投げたりして十分に気は引いている。
それを彼がどう思っているかは知らないが。
「ヘイ……!」
二時が閉店の店だ、一時も過ぎれば入場客はまばらになる。アレクサンダーは人の流れが途切れ、しばらくしたところで声をかけた。距離を補うための小道具は、今夜も小石だ。
足元に転がるように投げてから、声をかけ、こっちだというように手を上げた。
「……」
暗い中、よくは見えないが怪訝な顔をしているのだろう。顔はこちらを向いていたが、声に出しての返事はない。
「なあ!」
しつこく声をかけ続けるつもりだったが、名前がわからないのは不便だ。次もまた無視をされるようなら大きな声で名前を尋ねてみよう、そんな風に考えていると彼は呆れたように頭を横に振って、それから軽く手招きしてくれたのだ。
「元気?」
もし、この場にグスタフとヨエルがいたならば、あまりの間抜けな声のかけ方に爆笑したところだろう。アレクサンダー自身がそう思っているのだから、当然だ。
通りを渡るまでは色々考えていたんだ。第一印象が大切だということも、いい大人だ十分にわかっている。仕事疲れが顔に出ないように、今夜は面倒ごとを全部ヨエルに振って万全の態勢を整えていた。
それなのに、何だ?
元気?だなんて、今時ハイスクールのガキでも使わない。
「……別に、普通だけど……」
間近で見ると彼はますますバウンサーには見えなかった。看板のネオン館の光が映り込んでいて目の色はわからなかったが、思っていた以上に大きな瞳をしている。
「あー……、そうだよな。うん、夜遅くにする質問じゃなかった」
質問ですらない。
アレクサンダーは自分の間抜けさに時間を巻き戻したいと思いつつ、どうにか当初の目的を果たそうと軌道修正を図る。
言葉が少ないタイプなのか、仕事中だからなのかわからないが、黙ったまま続きを促されてアレクサンダーは、うん、と小さく頷いて、大きく息を吸い込んだ。
「全然休憩取ってないだろ、いつも」
これじゃストーカーだ。
アレクサンダーは口にした瞬間、空を見上げる。ずっと視線を送ってきたのは事実だけれど、それは店を閉めてからのことで、それより前の時間は少し手が空いた時にチラリと確認するだけだった。
どのみち、見ていたことには変わりはないが。
「四、五時間のことだから」
声はハスキーで、視線を合わせてから逸らすという手口(というか癖だろうな)を使う。短く刈り込んだ髪が伸びただけ、というような無造作なブルネットだったが、睫はたっぷりと長く、唇も肉感的で、顔立ちは遠くから見ていた印象よりずっとゴージャスだった。
いや、派手な顔とか言いたいわけじゃなくて。
思った以上に、好みだった。
それが正直なところだ。
「あのな?」
「うん」
かわいいな、と口から飛び出してしまいそうな台詞を飲み込んで、アレクサンダーは店でしているような、よそ行きのスマイルを顔に貼り付けて、話を続ける。
「良かったら、仕事上がりに……食事でもと思って。ほら、うち……レストランだからさ」
「もう閉まってる」
「えーっと、だから、その……名前は?」
三人組が二人の間を通って入店していくが、彼は一瞥しただけですぐにこちらに関心を向けてくれた。
ストーカー容疑は晴れただろうか?
「テイラー、テイラー・キッチュだ」
「俺はアレクサンダー・スカルスガルド」
「長い名前だな」
「よく言われる」
本当によく言われるので、ここまでが自己紹介のワンセットになっているぐらいだ。
それで、とまた先を促されたのでアレクサンダーは自分がティーンエイジャーに戻ったつもりで、続けるしかなかった。反省会は後でグスタフを叩き起こしてやればいい。
「テイラーのために店を開けるよ」
「……はは」
嫌がられたわけではないようだった。ただ色よい返事とも言えない。
「失敗?」
推し量れるほどに親しい間柄ではないので、アレクサンダーは間抜けついでに聞いてしまうことにする。
「どうかな、ただ、急な話が好きじゃないんだ」
テイラーはそう言って、日勤の仕事もあるからな、と言って肩をすくめた。
「なるほど」
アレクサンダーは一応のところ納得のポーズを示したが、言葉通りに受け取ったわけでもなかった。テイラーは見たところニコニコと愛想の良いタイプではないのはわかったが、うっすらと影のようなものが見え隠れしているようにも見える。
初めての会話でそこまで立ち入ることは、いくら「デリカシーがない!」と弟妹に訴えの声を上げられている身としても、難しい。
「ふられたことがないからよくわからないんだけど、こういう時、しつこくするのは逆効果?」
気味悪く思われないように、ジョークのつもりで言った言葉だったが、テイラーは少しも笑わず、眉をひょいと上げるに留め、何も答えなかった。
「……っと、これは失敗だな、うん」
「そうだな」
軽薄な人間は好みではない。
名前を知れたことと、それだけが今日の収穫となりそうだ。
「じゃあ、また明日、出直してくることにする。できれば今日のは忘れてくれてもかまわない」
自分でも落第点だ、と言ってアレクサンダーは一歩、二歩、と後ろに下がった。テイラーはそれを目の端で見送ってくれるようだ。すぐに周囲を警戒するバウンサー業務に戻ってしまった。
「おやすみ、テイラー」
「おやすみ、ミスター」
追加。
名前を呼び合うような仲になるまでは時間がかかるタイプのようだ。
アレクサンダーは仕方なしに家に帰ることにして、そのまま大きな通りへと歩き出す。
タクシーを拾ってもいいが、今は少し頭を冷やしたい。
ジョークはあながち嘘でもなくて、恋愛の始め方が上手く思い出せない。好意を向ければたいてい、そういう風な展開になっていたものだから。
次に何と言って声をかけるのが自然なのかがわからない。
「……せめて半日ぐらい時間が戻らないものかな……」
ぽつりと呟いた声と深いため息は、まだ喧騒の残るストリートに消えた。
もう少し、色々と考えていたはずなのに。
目尻のきゅっと上がった大きな目を見つめてしまったら、何も思い出せなくなってしまったのだ。
「……まるで初恋みたいだ」
少年期の淡い思い出に苦い気持ちになったアレクサンダーは、少し遠回りをすることに決めた。
夜風ぐらいしか、今の間抜けな自分の相談相手になってくれるものはいないだろうから。
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ヨエルはジョエル・キナマンです。
普段だとジョエルで書くんだけど、スウェ組と出す時はヨエルにしてます。なんとなく。
とある目的のためだけに書いてます。
本にするかどうかはわからないですが、続けます!