【Suicide Squad】Deuce it【GQ/フラッグ】

ちょっと痛いGQ生存ネタ。

「GQ……」
ネイビーシールズの過酷な訓練を終えたその時から、元より自分の命は自分のもの、とは思わなくなっていた。他の特殊部隊がどうかは知らないが、シールズは兄弟だ。兄弟のためなら最善を尽くすのが当然で、その時に天秤にかけるのが自分の命だったとしても、迷うことはない。
そんなことは格好つけるための建前だと言う人もいるだろう。その「掟」に耐えきれずに離れていくものもたくさんいる。
しかし、俺にとっては真実であり、確かな信条でしかなかった。たとえ、その任務がとてつもなく危険で、エゴにまみれた思惑飛び交う酷いものだったとしても、だ。
幸い。
天文学的な確率で。
俺はとある作戦で120パーセント即死を覚悟していながら、生還することができた。それはもちろん無傷とは行かなかった。
起動まで有余のない爆弾を設置し支えていた左腕は吹っ飛んでしまったし、もう全速力で走るようなこともできないだろう。額から耳のあたりまでに酷い火傷の跡が残ったが、とりあえず「ハンサム」の名残りはあると思う。
同情の視線を集めるには十分過ぎたが。
「お久しぶりです、大佐」
意識不明のまま救出され、集中治療室に運び込まれてから、どれぐらいの時間が経ったかわからない。意識が戻って、自分の状態を把握して、こうしてあれこれ考えられるようになったのはここ十日ぐらいのことだ。
そして、初めての面会人が彼だ。
リック・フラッグ大佐。かの作戦で指揮を執ったリーダーで、出身部隊は違っても俺が忠誠を誓った男だ。忠誠?というと大げさに聞こえるかもしれないな。
最高のリーダーというわけではないし、良い作戦でもなかった。だけれど、俺は彼の下についた時にこう決めたんだ。
彼の力になろう。
そしてその力の及ぶ限り、彼を守ろうと。
「……ああ、そうだな……」
ニコっとどうにか口角を上げて微笑みの形を作ろうとしているフラッグの表情は沈鬱だ。軍人にしては過ぎるほどに白かった肌が今は青みがかってさえ見える。目の下には暗い隈ができていて、きれいな顔が台無しになってしまっている。
ただ、相変わらず大きな瞳は潤みがちで、長いまつげも健在なようでほっとした。彼の顔には火傷の跡も、傷跡もなくって本当に良かった。
唇が震えているのは、彼が今とてつもない罪悪感に押し潰されそうになっているからだろうか?
この若さで大佐職についている人間がどうして?今まで何百何千ものの部下を踏み台にしてきたんだろう?ん?
そうは思いはしたが、俺はそこを責めたいわけではない。彼は俺の提案をすんなりと飲んだわけでも望んでいたわけでもなかったから。そこを疑うつもりはない。
それでこそ、命を賭ける価値があると思ったのだ。
「……俺にできることがあれば……何でもする……」
ただ、彼は知っているだけなのだ。軍人というのは、派手に散った方が死に体でぎりぎり生き残ってしまうよりずっとずっと皆のためになるのだということを。もちろん、生き残った当人にとっても、だ。
永遠に続くリハビリ、限りのある年金、PTSDや依存症に苦しむ連中は更にトラブルを増やしていく。それぐらいなら、あいつは良い奴だった、という思い出になれた方がずっといい。
俺だって、そう思っていた。だから目を覚まして最初に思ったのは「しくじったな」ということだった。
これで、毎年フラッグが俺の命日に墓参りしてくれることもなくなってしまう。そのことが残念でたまらなかったのだ。デスクの上の特等席に飾られる写真にもなれない。
それなら、と俺は別の考えを思い付いた。と、言っても彼が今日笑顔で幸せそうに病室に入ってきたなら、考えをすぐに改めただろう。たとえば、恋人と同伴で来たりなどしていたら。
しかし、そうではなかった。
すべての思わしくない出来事は自分のせいだ、とでも言いかねないほど彼は憔悴していた。
かわいそうに。
俺ならいくらでも慰めの言葉を浴びせて気分よくしてやれたのに。少し長く寝過ぎていたようだ。
遅くなってすみませんでした、大佐。
もう大丈夫ですよ。
でも、そんなに責任を取りたいというのなら、とびきり重たいのを背負わせてやらないといけないな。
名案があるんですよ、大佐。
「じゃあ、結婚してください」
俺のことなんか気にしないでください、と言うのはたやすかった。俺は退役軍人として細々と年金をもらいながら暮らしていくだけだ。シールズの兄弟達が片腕でもできる仕事を探してくれるだろう。
だけれど、俺はそうしなかった。
「……GQ……?」
フラッグはぽかんと口を開けた素直な驚きの表情をこちらに向け、かすかに首を横に振った。
「式はカンクンで盛大に挙げましょう」
リゾートが嫌なら、東海岸でもいいですけど。
歩けるようになるまで待ってくれますか?
今は松葉杖もまだ使えない状態なんです。
「……わかった」
多少の皮膚のひきつりを感じながら、ニコニコ笑いながら色々語って聞かせるとフラッグも瞬きを繰り返しながら、一生懸命に笑顔を見せてくれようとする。
きっと頼りにしていた部下のアタマがぶっ壊れてしまったように見えるのだろう。
まさか。
俺はまったくの正常だ。トラウマもなければ、悪夢も見ない。
ただ、ずっと考えていたことだ。一生口にする予定はなかった。彼には恋人がいたし(この様子を見る限り、破局してしまったのだろう)、エリート軍人だ。どうしたって歩く道は決まっている。
だから、死んだのだ。
死のうとしたのだ。
そうすれば、一生彼の心の片隅には(何千何百の兵士よりはアドバンテージがあったからな)残ったろうに。
「新婚旅行はあんたの行きたい場所でいいですよ」
「……そうだな、考えておく」
震える声を抑えようとしているとセクシーに響くのだということを、彼は知らないのだろうか。こんなにきれいな顔で生きてきて、口説かれたことが一度もないはずがない。
まあ、そのあたりは婚約期間中にじっくりと聞かせてもらうとしよう。
焦る必要はない。
「でも、しばらくは指輪を買いに行けそうにないから……」
俺はそう言って、フラッグの手を取った。そして手の甲に唇を押し当ててから、薬指を口の中に含んだ。
「……っ!」
そして、強く、その根元に歯を立てたのだ。しっかりと歯形が残るように、念入りに。
「消えそうになったらまた来てくださいね」
俺は心から幸せだという顔をして、微笑みかけた。さすがに抵抗があるかと思ったが、フラッグはされるがままだった。
そして、しばらくの後。
これ以上留めておくことができなかったのだろう。潤んでいた瞳から涙が溢れ出た。
「……そんなに嫌でした?」
殴られても、突き飛ばされても仕方がないのを承知でやったことだ。多少は自由に動く右肩だけをすくめてやり過ごそうと思った俺に、フラッグは先ほどより大きく首を横に振った。
「違う……」
「じゃあ、どうして……」
俺は眉を上げて先を促すと、フラッグは震える唇をぐっと噛みしめて、それから再び口を開いた。
「だっておまえ……指輪が……できないじゃないか……」
彼は俺のことを愛しているわけじゃない。恋愛の対象とも、肉体関係を結ぶ対象とも見ていなかったはずだ。そして、おそらく今もそうだ。
ただの献身的な部下Aでしかない。あの戦いでそれこそ山のように死んだ内の一人だ。
それでも彼は俺の無茶なプロポーズを受け入れた。
そして、左の薬指に婚約なり、結婚の証となる指輪ができないと、嘆くのだ。
かわいそうな人だ。
戦うこと以外の何一つ上手く出来ない。
「……あんたにまた会えたから、いいんだよ」
本当は、死んでしまいたかったけれど。
でも、こうしてしばらく「狂人」に付き合ってくれるつもりならば、少しだけ夢を見させてもらおうと思う。
「泣かないでください……」
俺はそれだけを呟くように言って、彼の手の甲に頬をすり寄せ、もう一度キスを落とした。
愛しています、と、ごめんなさい。
両方の気持ちをありったけこめたキスに、フラッグは何も返さなかったがそれで良かった。
もう二度と顔を出さなくなっても恨むつもりはない。
十分だ。
俺は、今、最高に幸せだと感じているのだから。

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