【お題SS】どうせ君は君だけのもの(40’sステバキ)

お題:『なにいろの花束』より

「あの様子を見ると、おまえが面倒見てきたって言う、か弱い幼馴染みの雰囲気の欠片も見当たらないな」
デューガンが面白がって言うことに、バッキーは片頬を上げた皮肉めいた笑みを返すことしかできなかった。その表情を皆がどう捉えるかはわからない。
優越感をくじかれた間抜けに見えるのかもしれないな、とバッキーは内心でそう分析を済ませると、眩しさに目を細めて、かつて「か弱かった」親友の後ろ姿を見つめる。
さっきまでは声を立てて笑っていた。
今までは滅多に見られなかった表情にバッキーはぎゅっと苦しくなる胸を周囲に気付かれないように、親指で数度小突いた。
何だって言うんだ、とごまかしながら。
「まるで他人みたいだ」
と、いう言葉を口にせずに済んだのは、この痛みのおかげだとは思う。
細い腕が筋骨たくましくなったこと、背が伸びたこと、胸板が厚くなったこと、そんなことで彼の本質が変わるわけがない、とバッキーは思っていたが、他人が見ればそう思うかもしれない。
気難しい痩せっぽっちの坊やが、肉体改造によって堂々とした明るい気質を手に入れ朗らかに生まれ変わったのだ、と。
違う、そんなんじゃない。
バッキーが思うのはこうだ。圧倒的な力を手に入れたからようやく皆が彼の言葉や態度に注意を払うようになり、彼も思ったことを口にすることができるようになった、それだけのことだ。
だから、いつまでも彼は変わらない。周囲が変わり、彼を見る目が変わる。
俺は、どうなんだろう。
バッキーは親友から目を逸らしながらため息をつくと、喧騒から離れるように表に出た。
しけた煙草に火をつけて、大本営の裏手へと回る。上手いとはとても言えない煙を胸に吸い込んだあと、すべてをゆっくりと吐き出した。
スティーブが他人に見えた理由を探っている、とも言えない。
違う、確信したんだ。
「彼の世界には、彼しかいない」
正義の形も、生き方も、憧れも。
昔からずっと、誰の影響を受けたわけでも何でもない。彼の心に宿ったものだ。
それをようやく、彼は表現することができるようになったんだから、祝福するべきなのだろう。
わかっている。
ついに彼のためにしてやれることがなくなったという事実に、どうしようもなく寂しさを覚えてしまっているだけだ。
間抜けだな。
「何が?」
その声に振り返るとそこにはスティーブが佇んでいた。ブロンドが月明かりに照らされて、きらきらして見えた。昔から変わらずにいる部分は、そこぐらいかな。
「……俺がさ」
「何で」
そう、本当のスティーブは結構ぶっきらぼうな物言いをするんだ、と手の平を返したように彼のファンになった連中に教えておいてやらないと。
これは慣れていても肝が冷えるものだからな。怒らせてしまったんじゃないかって、バッキーはそんなよそごとを考えてごまかすすべを考えていたが、スティーブの視線はそれを許さないようだ。
オーケイ、バッキーは降参というように両の手の平を前に向け、こう続けた。
「俺は得意になってたからな」
おまえを守ってやれている、と。バッキーはやはり少し本音をごまかすように肩をすくめる。
「おまえも厄介に思ってたみたいだし、俺はお節介だったから」
否定を避けるように視線を外すと、ぎゅっと拳を握って、すぐに顔を上げていつものスマイルを返した。訝るような視線を弾くために。
「大丈夫だ、俺が好きでやってたことだから」
おまえを守りたくて。
地獄のような戦地に来させたくなくて。
「まあ、それもおしまいだ」
これからはせめて足手まといならない程度について行きたいとは思っているけれど、今やスティーブは国の宝だ、思う通りに事が進むかどうかはわからない。
せめて、その姿を目にしていられる距離にいたいとは思っているけれど。
どうかな。
「バッキーは……」
スティーブは苦い顔をして、頭を左右に振った。
「そうやって……いつも遠ざけるんだ」
「は?」
遠ざける?
誰が、誰を?
どういうことだと問いただそうとすると、スティーブは眉間に皺を寄せて、こう言った。
「君は……、君はその笑顔で……人の気持ちを弾いてしまう……」
誰のものにもならないんだ。
ぽつりと呟いた台詞があまりにスティーブらしくなくて、俺は次の言葉が継げなかった。お互いに同じようなことを考えていたのかと言いたいとは思ったけれど、少しばかり色や形が違うような。
どういうことなんだろう。
バッキーはそれを訪ねようと口を開きかけるが、それ以上のことはできなかった。
「やっと、君に近づけるかと思ったのに……」
僕にはまだ、足りないみたいだ。
スティーブは悲しそうに、今まで見たことがない表情、泣きそうな顔で笑った。
「……煙草のにおいに慣れるところから始めるよ」
そして、ふうっとため息をついてから、それだけを言ってスティーブは唇をぎゅと噛みしめた。
バッキーは何を言っているのかわからない、と苦く掠れた声で、それだけを言うのが精一杯だった。
そんなことは、今まで一度もなかったのに。
どうして、そんなことを言うんだ。

俺は、ずっと、おまえのことを考えているのに。

 

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【お題元】
as far as I know または afaik
http://m45.o.oo7.jp/

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