先日のムパラで無料配布した小話です!
特典映像のドキュメンタリー風、アレを踏まえてますがほぼ妄想です!
私がこのカントリークラブの会員なのは、下手なゴルフを楽しむためではもちろんない。なかなかの審査が必要な会員資格が彼にはないからだ。
だが、私と一緒であれば最高のコンディションと最高のホスピタリティを誇るクラブハウスや宿泊施設が存分に楽しめる、というわけだ。
だから私はこのクラブの会員になった。
NASAの元長官というネームバリューはこういう時にはとても役に立つ。
「やっぱりここのコースは最高だ!」
彼は芝生を褒め、キャディを褒め、しまいにはカートまで褒める。
それで、私には何のメリットが?とアニーならあきれ顔で聞くだろう。答えようもないが(情けなくて)、簡単に言えば、そのご機嫌な様子を隣で眺めることができるというぐらいだ。
それでも、朝一番に叩き起こされ、退屈な十八ホールを回ってスコアカードを見るのも嫌なくらいに差をつけられても、私は会員権を手放そうとは思わない。
「ステーキもだろ?」
「ああ、ステーキも」
彼は私の悪口を世界中あちこちで話して聞かせては金を稼いでいる。もちろん、その金は悪口にではなく彼の理論や功績、アドバイスに払われているのだとはわかっていても、私の悪口も必ず言う。
それをわかっていながら、彼は私の誘いに乗るし、彼の方から連絡が入ることもある。
こちらが暇なのを知っていて、こういうのだ。
「テディ、アメフトなんか見るな、ゴルフをしよう」
彼の辞書にはアメリカン・フットボールという競技が存在しないので、世界から抹消させてしまおうと思っているようだ。隕石でも落とすか?と聞いたら彼はあの人なつっこい笑顔を見せて、嬉しそうに言うのだ。
「さすが、テディ。おまえも政治家になんかならなきゃ良かったのに」
NASAの長官も彼にかかれば「政治家」だ。就任が決まった時、彼はこう言った。
いつかこうなると思っていたさ。
おまえは、いつだってそうだった。
いつだって、と言うのは遠い昔、学生の頃まで遡る。
あの頃からテディは、最高に魅力的で、とても扱いづらい男だった。
*** *** ***
「理系の学生でおまえほどけんかっ早い奴は見たことないぞ」
寮の同室、ミッチ・ヘンダーソンの赤く腫れた頬に冷却剤を当ててやりながら、私はお説教を始めた。二年下のイギリスからの留学生だが、とんでもない跳ねっ返りであちこちで人を怒らせてはこんな風に喧嘩をして傷だらけで帰ってくる。
そのたびに手当てをして、たしなめて、喧嘩をした相手のことをちょっと調べて、根回し(親が多額の寄付金をしているので)をするの繰り返しなのだけれど、彼はそれを嫌うし、他人との衝突を避けるようなことはしない。
イギリスは優秀な数学者を産んだ国だが、宇宙工学や力学に関してはまだまだ発展途上だ。それもあって彼は母国を飛び出してきたのだが、強い持論があるのに加え、英国人が宇宙を語ることへの揶揄が合わさり、摩擦を産んでいるのだと思う。
それから。
「俺が間違っていない限りは謝らない」
あまりにもその容姿がゴージャスで、人付き合いが往々にして苦手な理系学生達を警戒させてしまうのだろうと思う。
雑誌の中でしか見たことのないような派手なブロンドにピアス、それから大きな瞳、白い肌、本当にきれいな顔をしているんだ、この男は。
それに甘ったれたようにも聞こえる英国なまりの英語に、ぴかぴかの笑顔が加われば、常人には太刀打ちできない。
そう、もめていない時の彼はたいそう魅力的で人なつっこい。彼と上手くやれている人間は年上ならば彼をかわいがり(筆頭は私だ)(本人がどう感じているかは知らないが)、年下ならば憧れの存在として目を輝かせる。
そうでない連中は、突然自分のテリトリーに入ってきたチアリーダーにどぎまぎしているうちに、言わなくても言いようなことを口にしてしまい、相手の怒りを買ってしまう、そんなケースがほとんどだ。
博士課程の連中にも「それは違う」と食ってかかるミッチが悪いと言えばそれまでなのだけれど。
「そうだろうな」
「おまえはすぐに政治的に解決しようとする」
根回しだとか、コネだとか。
持っているものを利用しないでどうする、という考えの私と彼とは根本的に生き方が違う。それでも私は彼の無軌道さに惹かれたし、その容姿も好ましく思っていた。
「そういう人間も必要だろ?」
「俺にはいらない。手当て自分で出来る」
むくれた顔に私は肩をすくめて、冷却剤を彼に握らせると、小さなキッチンへと向かう。
「美味しいコーヒーは入れられないだろう?」
それならば、彼の出来ないことをしてやろうじゃないか。私はそう思って、お湯を沸かすことにする。ミッチはその言葉にさらに大きく頬を膨らませたが、拒みはしなかった。
曰く、国では紅茶ばかり飲んでいたから、コーヒーの入れ方がよくわからない。
だそうだ。
「チョコは?」
「チョコレートもあるよ」
君が喧嘩をしたと聞いて、街に買いに走ったからね。
こう見えても、私は健気な方なんだ。
「ありがとう、テディ」
「どういたしまして」
コーヒーを飲んだら、改めて手当てをさせてくれと頼めばいい。彼は意地っ張りで強情だが、人の頼みは進んで聞いてくれる優しい男でもあるのだ。
*** *** ***
さすがに、いい年だ。
ずいぶんと見た目は年齢相応に落ち着いたが、人なつっこさと見ている人間が幸せな気分になってしまう笑顔は健在だ。
性格はいっこうに落ち着かないままだ。
Tボーンステーキをぺろりと平らげると、次の仕事の話を楽しそうに聞かせてくれる。彼の宇宙はまだどんどん大きく広がって、キラキラと輝いて見えるのだろう。
「なあ、ミッチ」
「ん?」
「私が政治家にならなかったら、まだ付き合っていられたか?」
グラスに手を伸ばそうとしていたミッチの手が宙に浮いたままぴたりと止まる。
そう、長官になるまではそういうこともあった。お互いによそ見をしたりもしたけれど、反発は学生時代より頻繁だったけれど。
彼は私の入れたコーヒーしか飲もうとしなかった。
「ミッチ」
「……そんな昔のことは忘れた」
ミッチは早口でそれだけを言うと、一気にグラスの水を飲み干した。
「ふむ」
私は出てもいない汗を拭いだしたミッチを目を細めて観察する。そして、私のグラスにも手を伸ばし、また水を一気に飲んだところを見計らって、こう続けた。
「私はまだ現役だぞ?」
ミッチは目を丸くして、それからナイフに手をかけた。
おお、怖い、怖い。
「一応、言っただけだ」
彼は私の悪口を世界中あちこちで話して聞かせては金を稼いでいる。
それでも、彼は私の入れたコーヒーしか飲まない。
「……コーヒーは?」
「部屋で飲む」
喜んで、入れさせてもらうよ。