<あいつらは地球に来てません設定>
二月十四日。
昔の聖人だか何だか知らないが、この日が毎年毎年忌まわしくて仕方がない。ストーン・ホッパー、駆逐艦サンプソンの若き艦長は大きなため息をついた。学生時代から、少しでも親しく話したことのある女生徒達からは目配せされ、今日は私のための日でしょ?と迫られ(そんなつもりは微塵もなかったというのに!)、軍隊に入ってからもこの日を上手く、完璧に操れる人間だと思われ、男達に敬遠され続けてきた。
馬鹿なあ。
一度として上手く行ったことなどないというのに、何がバレンタインデーだ、何が愛の日だ!と罵りたくなるのが実際のところだ。今年は数年ぶりに陸の上にいるので、テンションの低さはただごとではない。
愛を伝えて良い日、というのはあくまで表向きの話だ。実際は「伝えても迷惑にならないと確信出来る相手」というのが大前提であるのだ。
ストーンの場合、それを考えると頭を抱える他ない。何しろ、彼が特別に、どうしようもなく、愛してしまっている相手というのが、だ。
あろうことか……。
実の弟だったりするものだから、完全なる負け戦だ。おそらく聖なんとか氏だって許してはくれないだろう。アーメン。
「今日は絶対に……外に出ないぞ……」
ストーンは一人がっくりと肩を落とし、ため息をついた。中庭でもぼんやり長めながらビールをちびちびやろう。本を読むのは頭が痛くて難しそうだから、雑誌だな。
何がいい?
サーフィンは興味がない(ハワイにいる意味のほとんどないと言える)し、ゲームもノーだ。車も今の満足している。
ああ、なんてつまらない人間なんだ。
美形だとか、ハンサムだとか言われ慣れるぐらい言われているけれど、仕事以外ではこの有様だ。無趣味で友人も少なく、堅物で、そうだな、一緒にいて楽しいことも特にないのだろうと思う。わかっているさ。
だから、こうして黙って誰にも会わずにいるのが一番だ。
ハッピー・バレンタイン&地獄へ落ちろ!
*** *** ***
暑い……。
デッキチェアの位置が昼下がりによくないのはわかっていた。直射日光が思い切り全身に降り注ぐのも、海の男なのに日差しに弱い肌なのもよく知っていた。
だが、しかし。
これは予想していなかった。
「ヘイ!ストーン!」
まさか、彼がここに来るなんて!
普段は呼んでも(理由は説教の為だが)来ないと言うのに、どうして今日に限ってくるんだ、と喚きたい気持ちをぐっと目を開ける。膝の上に感じるずっしりとした重みも、気になる。
いかん。
どうしたって言うんだ。
「起きろってば」
なぜ、弟が、俺の膝の上に乗っているんだ?!
「……起きた……、起きた、起きた!」
起きたから、どいてくれ!
弟のアレックスは元より傍若無人ではあったが、スキンシップが旺盛な方ではない。触るのはいつも自分からだ、叱ったり小言を言ったりするついでに(と言うよりも、それをきっかけにしていると言っていい)髪を撫でたり、頬に触れたりしている。
それでどうにかこうにか我慢していたのに、膝の上だと?ストーンは血の気が引いてしまいそうになりながら、ごくりと喉を鳴らす。
さらに言うなら、膝の上に乗っているだけでなくこちらを向いているのだ。起き上がると、すぐそこに顔が近づいてしまうことになる。
動けない、とストーンはその場で動きを止め、なんとか口角を上げて笑みのような格好を取り繕って見るが、大きな目がこちらを見つめている。
それから、これだ。
「ワアオ……」
仕方がないだろう、と誰ともなく言い訳したくなるが、誰もいない。弟の視線が自分の股間を見て、それから顔を見て、この台詞だ。
ワアオ。
状況次第によってはきっと褒め言葉にも変わるものだったかも知れないが、状況がひどすぎる。至近距離で弟の顔を見たら「こう」なったと言うのは、明らかだ。言い訳のしようもないが、しないわけにも行かない。
最悪だ。
「寝起き……だ、か、ら……だな。うん、寝起きだ…し、な?」
だからやめて、これ以上言及しないで、と顔を赤くして(日焼けのせいかもしれないが!)目線を反らすと、ん、ん、ん、と遮られる。
「……まさか今日来るとは……思ってなかった……」
「なんで?」
だって、おまえ。
ガールフレンドがいるだろう、それもとびきりな。と、言う台詞を全部飲み込み、どうにか肩をすくめて見せた。いわゆる、人が言う「クールなストーン」らしく。
しかし、アレックスにはいつだってそうは見えないし、気難しく理屈っぽい兄に見えているはずだ。だんだん表情がむくれて、眉間に皺を寄せていくのがわかり、ストーンは頭を横に振った。
「じゃあ、これは?」
それは、冷蔵庫にしまっておいたヨーロッパから取り寄せたチョコレートだ。副艦長に相談したら「どんな高級な女もイチコロ」と言っていたが、アレックス向きとは思えなかった。味もどんなのか知らないし、それこそ、チーズバーガー・イン・パラダイスに連れていった方が喜ぶ。絶対に。
アレックスにチョコレートだと?
ハーシーズで十分だ。
「誰に渡すつもりだった?」
「……」
「なあ、このファッキン高そうなチョコを誰にくれてやるつもりだったんだって聞いてるんだよ、ストーン。この馬鹿兄貴!」
何だよ、この金のリボン!と天を仰いだり、オーバーアクションをするたびに膝(というか太股)の上でアレックスが跳ねるので大変なことになりそうで頭が痛くなってきた。
腰のあたりが物理ではない何かで重くなってきた。
いかん、いかん!
「ストーン?」
「おまえだよ、おまえのためにわざわざ、第6艦隊にいる同期に頼んだんだよ……」
アレックスはその答えに満足したのか、眉をひょいとあげて、ファッキン高そうなリボンを解いて、ばりばりと音を立てて包み紙を破った。中から一粒何ドルかも考えたくもないし、たぶん同期はかなりふっかけて来たと思う。あの堅物ストーンについに恋人が?と相当驚いていたものだから。普通、そういう時は応援の意味もこめてお安くしてくれそうなものだけれど。
人徳がないのかも知れない。
「んまい」
はたしてそのチョコレートのお味はハーシーズに慣れた舌でもわかるほど、だったようだ。
ありがとう、マウント・ホイットニー。第六艦隊に乾杯。
「……そりゃ良かった」
「すごく、うまい。初めて食った」
「そうだな」
知ってるさ、とストーンは小さく呟いて、体を少しずつ起こしながら小さく息をついた。そして、少し距離を取るようにアレックスの肩に両の手を置く。強く押しやろうとはしなかったが、指に力がこもっているのを感じたならば、察して欲しいと願った。
ここまでだ、と突き放すなら今だ。
できれば、アレックスにそうして欲しいのだけれど。
「ストーンは食ったことあるのか?」
しかし、知ってか知らずかアレックスはごく普通に会話を続ける。
「まさか」
特別な食べ物だとも思わないし、と続けようとしたところで、アレックスが動いた。いや、本気を出せば両手で押し返すことも出来たのだろうけれど、出来なかった。
「ん!」
というより、何が起きたのかわからなかった、と言った方が正しかったかもしれない。
アレックスは口の中にチョコレートを含んだまま、キスをしたのだ。口移し、だ。これは。
「!?!!!!」
洋酒の香りと、確かに味わったことのない甘さ。
特別な味のするチョコレートだったけれど。
そうじゃなくて。
「ハッピー・バレンタイン、ストーン」
にやりと勝ち誇った笑みを浮かべる弟の頬は、少しだけ赤く見えた。しかしながら、完全に思考回路が断絶してしまったストーンは気の利いた言葉が言えるわけもなく、目を見開いて硬直してしまった。
アレックスは呆れたように、肩をすくめると「まだ昼だぜ、ストーン」と片頬をあげて、笑った。
ああ、神様。
今日は何て素晴らしい日でしょうか?
ただ、俺はもう駄目です。
「また気絶かよ!馬鹿ストーン!!!!」
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へたれむっつりストーンの明日はどっちだ!
格好良いの書きたかったのに……
ご、ごめんね。