<デキてます>
「タックタック!これ、どう思う?」
本日、三回目のデートにおでかけらしいFDRのファッションチェックに付き合わされているタックは大きくあくびをして、答えに変えた。
仕事絡みなのか、遊びなのか、それとも本命なのかはわからないが、バレンタインデーが始まったと思ったらこれだ。タックは特段予定もなく、暇なのでFDRが犬の世話を頼みたいという願いを聞いてやろうと彼の家にやってきたのだ。
ふわああ。
もう一つ大きなあくびをしたタックは、つまらなそうにFDRが左手に持っているネクタイを選んだ。今年はどんな女と過ごすのか知らないが、バレンタインデーにネクタイを締めた男が現れたら勘違いするんじゃないだろうか?
彼は自分に本気だわ、と。
まあ、それでも構わないが、もし自分がその女性の親友ならこう言って止めるだろう。
ベイビー、彼はハンサムでいい人でお金持ちかも知れないけど、
(最低男よ、と)
「よし、これでパーフェクトだな」
青い目、ブロンド、それはそれは絵に描いたような王子様のようなハンサム、FDRはそれこそ下着一枚でも十分な威力のある容姿をしていたが、長年の付き合いであるタックにしてみれば見慣れたもので特別どう思うようなものでもない。
その顔でなくなったら驚くが、それぐらいのことだ。
「そうかもな」
「なんだよ、その気の抜けた返事は」
気が抜けてるも何も、と肩をすくめたタックはソファに腰かけ、足腰の弱った犬を膝の上に抱き上げた。よしよし、今日は二人でのんびり映画でも見ような、と耳元に囁きかける。
「タック?」
「何だよ、でかける時間は大丈夫なのか?」
「まさか、おまえ……本当に俺がこれから出かけると……思ってるのか?」
FDRの声は上擦り、そして震えていた。瞬きが多くなり、こちらを見ているのか睨んでいるのか、それとも目を逸らそうとしているのかわからなくなった。
ん?とタックは思わず首をかしげる。
確かに、FDRは電話で「これから三回目のデートだ」と言っていた。犬の世話の件もはっきりと言っていた。だから、俺は信じたんだけど?とタックは今度は逆の方向に首を倒す。
FDRが動揺する意味がわからない。
「だって、おまえがそう言ったじゃないか……」
だから、答えはこれしかない。
「俺が……これから三回目のデートをすると……でも?」
「ああ、まあ、そうだな。バレンタインだし、それぐらいの甲斐性はあるのかと」
「甲斐性だって!?」
FDRは大きな声を上げて、その場で高く飛び上がって……、
ドン、と着地した。
カブキか?!
「あ、ああ」
一応、返事はしてみたがFDRの耳に届いたかどうかわからない。彼はジャンプ同様、足を踏みならしどこかに行ってしまったからだ。
ええと、と腕の中の老犬を抱き直しながら、どうすればいい?と囁きかけるが、彼は答えてくれないあ。静かにしてよ、とでもいいたげに目をうっすら開けただけだ。
「タック!」
しかし、よく考える間もなくFDRが戻ってきた。そして、大きな箱を三つ、重ねてローテーブルの上に置いた。
「おまえがバレンタインだっていうのに、何の連絡も寄越してこないから!俺が計画立ててやったんだよ!」
気付くだろ、普通に!という声は悲鳴にも聞こえたが、ごめん、とタックはぽつりと呟くしかなかった。
「全然、気づきもしなかった」
「何で!?」
FDRは箱の中身を全部出し、こちらに投げつけた。スーツにシャツ、ネクタイ、それからカフスボタンにネクタイピン。着なくてもわかる、完璧なコーディネートだ。これがバレンタインの贈り物なのだろう。
もしかしたら、どこかに薔薇の花束でも用意してあるかもしれない。
「俺は、完璧におまえの似合う服がわかるのにっ!」
「……あ、ああ、そうだな……、でも、俺最近……」
「気に入りのパイ屋が出来たからな、食べ過ぎて太ったこともちゃんとわかってる!」
ああ、どうしよう。
FDRの目は真っ赤になり、ハンサムが台無しだ。泣くほどのことか、と笑うタイミングでないことはわかっていたが、気の利いた言葉は出てこない。
ええと。
「ごめん、FDR……」
いや、違うな。
「あ、ありがとう……」
き、着替えようか?と促すとFDRは下唇を噛みしめたまま、タックの方を睨みつけた。
「俺ばっかりだ……」
「え?」
「俺ばっかりが、タックのことを好きみたいだ……」
その言葉はかなり悲しい言葉だった。FDRのことを何とも思っていないわけではなく、人間そんなに今までの行動を変えることが出来ないと知っていただけだ。女の子と楽しく遊ぶことぐらい、別に目くじらは立てない。
恋人、というより結局親友の延長だと思っているせいだろうか。
最低野郎だとは思ったのだから、多少嫉妬する気持ちもあったと思うのだけれど、それでもやはりそれを理由にFDRの行動をどうこうしようとは思わないのだ。
それだけのことが、彼には伝わらない。
「なあ、FDR……?」
「……」
「そんな顔しないでくれ」
「どんな顔だよ」
「泣きそうな顔」
「泣きそうだからな!」
俺は、こんなに、好きなのに。
FDRはそう言って、さらに唇を強く噛んだ。
「俺はさ、FDR……?」
ええと、こういう時はどう言うものなんだ?この辺をしくじって、前の結婚は失敗したような気もするし。
「おまえが良いように……したらいいと思ってさ……。おまえは、その、ワガママだから」
「一緒じゃなきゃ、意味がないだろう!?」
「あ、うん。うん……そうだな」
一緒に、か。まあ、言おうとしていることはわかったような気がする、とタックは一つ頷くと泣きそうな親友兼恋人の頬を指先で軽く突いた。
「……それに俺だって手ぶらだったわけじゃないんだぞ?」
「え?!」
「おまえが三回目のデートから帰ってきたら、渡そうと思って」
「!?」
「言っておくが俺にプレゼントのセンスはないからな」
「……へへ……」
「おまえこそ、俺が何も用意していないと思ってたじゃないか……」
なるほど、これは少し、心臓が痛い。信じてもらっていないような気持ちになって、落ち着かない。
まあ、本当に大したものではないのだけれど。
「言ったろう?俺ばっかりって」
わかりやすく頬をふくらませたFDRに、タックは眉を上げて答える。
「愛情が足りないと思われていたのだとしたら、心外だな?」
唇をぺろりとなめて、目を細めて、そうだな、今は「恋人」だ、FDRの青い目をじっと見つめる。
ゆるゆるとその場にへたりこんだFDRの頭を髪を撫でたタックは、ジーンズのポケットから小さな包みを取り出し、ジャケットのポケットに入れた。
「何これ!」
「うちの鍵」
「な、な、なくたって入れるのに、鍵!?」
確かにその通りだ。自分とFDRの関係の間に鍵なんてあってなきがごとしの無用の長物だったりする。
それでも、鍵を渡したには意味がないわけではない。
「ああ、そうだよ」
ははは、と笑ったタックは再び涙目になりそうなFDRの目を覗き込んで、こう続けた。
「でも俺とおまえしか持ってない」
「……うん、まあ、そうだな……」
忍び込むのは色々手間だし、うん、としばらくぶつぶつ言っていたFDRだったが、納得したのだろう、こっちを見上げて子供時のような屈託のない笑顔を見せた。
「これでいつでも、おかえり、が出来るな!」
「……そうとも」
タックは今感じているじわじわと広がる幸福感を顔に思い切り出すことはなかったが(そういうのは得意ではないから)、指先には宿すことが出来る。髪を撫で、目尻に残った少しの涙をぬぐってやった。
ハッピーバレンタイン、と口の動きだけで伝えると、FDRは嬉しそうに目を細め、同じ言葉を返した。
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いい加減、出来るまでの課程を書かなければと
思ってはいるのです!