Captain America Rumlow/Winter Soldier -Valentine Day-

いつものラム冬

ウィンターソルジャーというコードネームこそ、死を意味する。
そんな風にも言われるが、目下、そのすべての任務に同行し、コントロール(というより監視)(もとい、世話)を任されているブロック・ラムロウに言わせれば、彼はただのポンコツロボット、だったりする。
指揮系統は理解できるし、下っ端に指示を出すことも出来る。けして暴走することはないのだけれど、それも薬と拘束と拷問に等しい「治療」によってのことだ。
それがかわいそうだとか、胸が痛むと言いたいわけではないが、こんな壊れたおもちゃみたいな暗殺者に歴史が変えられて来たのだと言うなら、何ともむなしいものだと思うばかりだ。
「おい」
今日は市街地での遠距離射撃の訓練をしていたのだが(彼の射程距離は優秀なスナイパーと比べても尋常ではなく、広く、正確だ)、先ほどから何度も彼の集中は途切れている。
その理由がまた間抜けで、ラムロウは空を仰ぐしかない。
そこにはハート型をした風船が飛んでいた。今、いるビルの下にはマーケットが特設されていて、浮かれた連中で賑わっている。
今日は2月14日、バレンタインデーと呼ばれている日だからだ。ラムロウの人生とバレンタインデーは無関係なものになって久しい。ヒドラの連中の半分は同じようなものだ。だから今日のこの日に訓練を入れたのだろうが、大きな間違いだった。
こんな日に黒い服を着て歩いているだけでも浮いてしまう。
「風船が爆弾だったらどうするんだ?集中しろ」
風船?
その言葉もよく理解していないのか、ウィンターソルジャーの表情は覚束ない。
暗殺任務も、戦闘任務も何ら苦に思うことはなかったラムロウだったが、訓練だけは別の人間に替わってもらいたいと思うようになった。明確な任務のない時のウィンターソルジャーはあまりにも、あまりなのだ。
動物のようでもあり、愛情を受けて育っていない子供のようであり。
つまるところ、正気で相手をするには辛いのだ。
一応、まともな人間の顔でも生きている自分にとっては。
「もういい……今日はこれまでにしよう」
最低限のノルマは終えた。このまま報告してもお咎めはないだろう。ラムロウは小さく息をついて、帰投することにした。車の待機先はマーケットを抜けたところにある。
この浮かれ具合だと、黒塗りのバンも強面の部下達も十分以上に浮いているだろうな、とラムロウは眉間の皺を深くした。
ウィンターソルジャーは四つ目の風船を目で追いかけているところだった。

***   ***   ***

(俺は何をやってるんだか……)
フードをかぶったウィンターソルジャーの視線は赤やピンクのハートマークばかりを追いかけている。積極的ではないが、気になるのだろう、肩の動きを見るに少しばかり手を伸ばしかけては、引っ込めているようだった。
あちこちから漂ってくるチョコレートやキャンディの甘いにおいも、彼の注意を引いているのだろう、何かを探すように頭を動かしている。
結局、ラムロウは待機させていた車を2ブロック先に移動させ、一般人を装ってマーケットを抜けて行くことにした。メジャーリーグのチームロゴの入ったボストンバッグに最新式のライフルが入っていることに気付かれないように、サングラスも外し、真っ赤なキャップもかぶる。
久しぶりの間抜けな格好に舌打ちが出る。
「……?」
間抜けついでにラムロウは露店の一つから、チョコレートの詰め合わせを買った。店員が意味深に目を細めて笑うのにも、愛想笑いで返し、その場をゆっくりと歩いて通り過ぎる。
「こういう日なんだよ、今日は……」
そして、一粒つまむとウィンターソルジャーの口元に近づける。
「……」
すると当然のように口を開ける。警戒心も何もなく、これが毒リンゴでも彼は口を開くし、それを咀嚼して飲み込む。
おそらくは指であっても。
それ以外であっても。
ラムロウは少しばかり知りすぎていて、知らなければ良かったと思っていた。
「甘い……」
「だろうな、そういうもんだ」
ウィンターソルジャーはしばらくすると次を寄越せ、というようにラムロウの背中に手を伸ばしかけて、引っ込めた。
そのことに気付かないぐらい鈍感であれば良かった、何も知らない、何も考えない、そんなロボットに自分もなりたかった。
残念ながら、察しが良すぎるのだ、自分は。
「今日だけだからな」
頷くウィンターソルジャーが理解しているとは思えなかったが、箱ごと渡さず一粒ずつ与えるのは自分の都合だ。部下に見られたら白い目、どころか上に報告されてしまうことだろう。
だから、歩みはどんどん遅くなる。
今日だけだからな、とくり返すのも、自己弁護の一貫だ。
「そういう日なんだよ」
と、続けてもう一粒口の中に放り込む。しかし、ウィンターソルジャーは口を動かしながら、ゆるく首をかしげる。
唇に残った甘みを舌で拭って、また緩く口を開ける。
もう一箱、買った方が善かったかもしれないと思いながら、ラムロウはその濡れた唇にそっと自分のを重ねた。
バレンタインデーならば、あちこちに溢れる光景だ。誰も見とがめないし、指も差さない。赤いキャップの唾が額を小突いてしまうのも、何となくラブコメディの映画のようではないか。
もう、そんな映画、二十年以上、見たこともないけれど。
「ハッピーバレンタイン」
基地に戻り、いつもの電気椅子に座れば今日のこの出来事のほとんどを忘れさせることも出来るはずだ。
そうならないで欲しいとも、そうして欲しいとも思っている自分に気付き、苦笑する他ない。
「……どういう意味だ、ラムロウ?」
ウィンターソルジャーはもぐもぐと口を動かしながら、問いかけてくる。その瞳には殺気はない。何も知らない、無垢な子供のようにも見える。
「……さあな」
「……」
ラムロウは緩く頭を振って、答えることを避けた。二度目の問いかけはなかったが、もう一粒、と欲しがるようにラムロウの手を取った。
ラムロウはその手を握って、呟いた。
もう一度だけ。
ハッピーバレンタイン、その一言を。

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ラム冬センチメンタル隊として
書かずにはおれなかった!!
かわいそう!!!

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