<グリロさんは基本AU>
◆フランク:NYPD殺人課刑事。わりと荒っぽい。
◆セバスチャン:NYPD資料室職員兼ルーマニア語の通訳。ちょっとぼんやりしている。
「やあ……」
何度、話しかけても怯えられることにはまだ慣れない。一歩近づけば、二歩下がる。食事は何度か一緒にしたが、それでもこの距離感はいっこうに変わらない。
フランクは毎日のようにNY中の美味しいお菓子を探しては資料室にいるセバスチャンに届け、それと引き替えに十数秒のおしゃべりを許される。電話をかける、までにはまだ至っていない。
番号は知っているが。
「えっと、やあ」
パートナーのカラン・マルヴェイに今日のことを相談しようとしたら逃げられた。バレンタインデーということで特別な日の贈り物を考えてはみたものの、すでにありとあらゆるスイーツをプレゼントしているのだ。今更それらを越える何かを探すことができない。
別にバレンタインはスイーツを贈る日ではないと思いますよ、とだけを言い残したカランだったが、じゃあこの強面の俺がブーケを抱えてどうしようというのだ。
セバスチャンだけでなく、他の皆にも逃げられる。
間違いない、自分でもそれぐらいわかっている。
「……今日、暇か?」
「んーーーー」
暇も何も、ない。彼は毎日がデイシフトで、休日出勤も稀だ。バレンタインデーの今日は土曜日だったので、午後二時にはタイムカードを押す予定だった。もちろん、それは確認済みだ。
今、セバスチャンがハミングで間を置いているのは、バレンタイデーの午後に時間が空いていたとしても、その時間を自分の為に使えるかどうか、判断に迷っているのだろう。
当然だ。
「まあ、俺も、シフトが……あるしな」
「そうだね」
「一応聞いてみただけだ……」
結局のところ、何のプレゼントも用意していないし、何か特別なデートプランがあるわけではない。というか、デートなどしたこともない。
フランクがこの世で一番美味いと思っているダイナーにつれて行った時も、デートではなかった。ただ、同じ署に勤めている人間が同じテーブルで食事をしただけだ。
あれだけ美味いと思っていた飯の味もわからなくなるほど、浮かれ上がってしまっていたことは今は内緒だ。ろくに目上の人間に対する話し方もできない坊やに夢中になっているなんて、誰に知られても構わないが、セバスチャン本人には知られたくない。
知ってくれてれば、もう少し楽になるとは思うのだけれど。
引導を渡してくれるにしろ、何にしろだ。
ティーンエイジャーの頃、もう少し上手な恋愛をするなり、友人の相談乗ってやれば良かった。そうすれば、もう少しやり方がわかったろうに。
「暇じゃないよ」
まあ、そうだよな。
うん。
わかっていたさ、これだけのキュートなルックスをしていてバレンタインデーの日に独りでいるはずがない。
オーライ、オーライ。
「どこ行くの?」
「は?」
「え、だから、バレンタインじゃん。どこ行く?」
オーケイ?
ちょっと待ってくれ、とフランクは両の手の平をセバスチャンの前に向けて、深呼吸をした。文脈がおかしいような気がするけれど、彼は自分と過ごす予定にしていたってことか?
ジーザス、これは都合の良い聞き間違いか?
「……じ、実は……ネタが尽きちまってな……」
「ふーん」
「雑誌だって山ほど買って色々調べたんだ」
「んー」
セバスチャンの視線は右に左に移り、一度は通りすがりの若手警官に手を振った。
ブロンドのハンサムか。畜生。
「……俺の作ったラザニアぐらいしかない」
「ラザニア!」
「後は……ばあちゃんに電話すれば、ティラミスの作り方ぐらいはわかると思うが……」
ティ・ラ・ミ・ス!
セバスチャンの顔がにわかに輝いた。そりゃあ、もう、とびきりのご馳走を出されたぐらいの勢いで。笑顔の周りにキラキラと輝く星が見えた。
まさかの大正解か?
おい、見たか!?
「よし、決まりだ。八時に、俺の家に来てくれ」
「オッケー!」
ティラミス、大好き!
とろけるような笑顔とはこのことだ。今まで頑張っていたのは何だったのか、と思わず座り込んでしまいそうだったが何とかこらえる。
ありがとう、ノンナ!
すぐに電話をしよう。
「あー、セバスチャン?」
思わず足が一歩前に出てしまい、やはりセバスチャンは一歩後ろに下がってしまうのだけれど、くじけずにいこうと思う。
「なに?」
「ありがとう、予定を……バレンタインの、さ?」
「うん」
当たり前だよ、みたいな顔をして眉をひょいとあげたセバスチャンはにこりと笑い、両目をつむった。たぶん、本人はウィンクか何かのつもりだ。
八時まで待つのがつらいな、と顔をしかめたフランクだったが、すっと前に手を差し出した。
どうぞ、よろしく。
約束の時間が楽しみだ。
ええと、たぶん、美味いティラミスが作れるはずだ。時間は足りるかな?
「ハッピーバレンタイン、セバスチャン」
「うん」
何が「うん」なのかどうかわからないが、結果としては上々だろう。フランクは資料室を後にして、一気に階段を駆け上がった。
パートナーが逃げても聞かせてやる。
これこそ、バレンタインデー!愛の日ならでは、の奇跡だ!
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グリロさんってIMDBだとイタリアン・アメリカンって
なってたからそれで行きました。
そんなことより、愛称がKikiって!
Kikiってマジか!?!?