タグはstanfordで、ちぇせばです。
指定されたホテルの、指定された部屋の扉を開いたセバスチャンは、いつも以上に大きく目を見開いて、口もぽかんと開いたまま目の前の親友かつ恋人である、チェイス・クロフォードをじっと見つめた。
少し神経質そうに寄せられた眉、引き結ばれた唇。一見すると怒っているように見えたが、彼の手には抱えきれないほどの薔薇の花束があった。
色の鮮やかさも香りも、そしてボリュームも申し分ない。たぶんニューヨークで一番だ、と言っても嘘にならないぐらい立派なそれにセバスチャンは「わあ……」という感嘆の声をあげた。
しかし、チェイスはそんなセバスチャンの反応にじわじわと顔を赤くすると、一分も経たないうちに恥ずかしくなったのか、何なのか、ブーケをセバスチャンの胸の前に押しつけるようにして、走り出した。
「ちょ、待って!チェイス!」
とは言え、そこはホテルの中だ。逃げようにも、場所が限られている。
すぐに追いかけたセバスチャンだったが、ベッドルームに鍵をかけて閉じこもってしまわれては、どうすることもできない。
ノックを数回と、名前をくり返し呼ぶがしばらく返事もない。
「ねえ、チェイス?」
返事をしてよ。
薔薇、すごくきれいだ。ありがとう。
久しぶりなのに、顔も見せてくれないの?
「……チェイス?」
落ち着くまでは駄目かもしれない、とセバスチャンはわからないようにため息をついた。どの薔薇も本当に立派で、これを見ればどれだけ真剣に選んでくれたのかがわかるもので、けして彼をからかったり、笑ったりするつもりはなかった。
ただ、すぐにすぐ、彼が喜ぶような言葉が出てこなかったり、態度で示せなかったことには、申し訳なさを感じる。
どうしよう、とセバスチャンがいよいよ困り果て、誰かに相談しようかとモバイルに手をやったところで、ガチャリ、と鍵の開く音が聞こえ、ゆっくりと扉が開かれた。
「ハイ、チェイス」
さっきは真っ赤だった彼の顔色は、すっかり血の気が引いて、もはや蒼白だ。きっと考えられる限りのバットケースを考えたのだろう。
こんなにハンサムなのに、どうしてかチェイスはたまにこんな風になる。
理由を聞くとセブのせい、と言われてしまうのだけれど。
「……ハイ、セブ……」
気取った台詞のすべてが似合うような顔をしているチェイスだが、実際はあからさまな口説き文句を口にすることはなかった。すねたり、やきもちを焼いているのは表情でわかるが、愛情を伝えてくるのはその視線だ。
しかし今日はろくに顔をこちらに向けてくれないので、わからない。
疑っているわけでもないけど、寂しいなって。
セバスチャンはそう思いながら、戸口に座りこんだままのチェイスの肩に手を置いて、そっとさするようにした。
「……こういうあからさまな定番は、嫌ってると思ってたんだよ。だから、少し驚いたけど、……嬉しかったよ?」
本当はカードも用意してあるんだろうとは思う。だけれど照れ隠しというよりも、自己嫌悪の方が強くなって引っこ抜いてしまったに違いない。それをまずこの部屋のどこかから探さないと。
んー……、とセバスチャンはハミングするようにして、黙ったままのチェイスの頬のあたりも指の背で何度か繰り返し、撫でてやる。目の周りが真っ赤になっているところを見ると、少し泣いてしまったのかもしれない。
かわいそうなチェイス。
俺が悪いのかなあ。
「わからないんだ……」
何が?
ようやく顔を上げてくれたチェイスの頬にセバスチャンはちゅ、と音を立ててキスをする。こっちを向いて、というように親指で頬骨の一番高いところをこすり、にっこりと微笑みかける。
久しぶりに会えたんだぞ。
くり返してもチェイスは自信なさげに頭を横に振る。
「どうしたらいいのか、わからない……、俺はセブが……」
セブが、好きなだけだから。
それだけなのに、上手くいかない。
「上手くいかないなんて……」
馬鹿だな、とセバスチャンは小さく笑って、今度は両方の頬と鼻先、そしていつも完璧なスマイルを見せる唇に、キスをした。
世界中の女の子達に見せるスマイルを、自分は全然見せてもらえてない。考えてみればかわいそうなのは自分じゃないか、とも思えてきたがそれは表情に出さない。
弱った坊やを慰めるのはそんなに簡単なことではない。しかも、自信をすっかり失ってしまっている坊やとなれば当然だ。
「チェイス?」
「うん……」
「ありがとう、嬉しかった」
本当に、と念を押すように囁いて、もう一度のキスだ。
「本当に……?」
「うん、もちろん」
俺は、さ。
セバスチャンはしっかりと頷いて、視線をしっかりとチェイスの瞳に合わせる。
きれいな目だなあ、いつ見ても。
今度はそういうこと、口にしていった方がいいかもしれない。
坊やが不安にならないように。
「あと、俺さ、チェイスが気障にしてるのとか、好きなんだ」
「……え、ほ、本当に?!」
「うん」
だって、さ。
セバスチャンはくすっと笑って、背中に回るチェイスの腕に身を任せながら、頬と頬を擦り合わせて、ゆっくりと息をつく。
「その後、素に戻ると……かわいいしね」
今とか。
すごく、かわいい。
「Be my Valentine?」
その声は少しばかり、掠れていて、パーフェクトとは言い難かったが、セバスチャンとしては200%合格だ。
「オフコース」
ようやく、落ち着いたのかチェイスの表情に柔らかさが戻ってきた。顔色もよくなってきた。
最高のバレンタインデーになりそうだよ、と囁いて仕切り直しのキスをした。今度はさっきよりもずっと甘い、甘い、とびきりのキスを。
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書き終わった後で、チェイスもクリストファーやん、と思ってしまって
なんだか脳内でせばちゃんがとんだ小悪魔チャーミングなのでは?
となってしまいましたが、ちぇせばもくりせばも別アースです!