<MP24配布ペーパー:再録>
かれこれ一時間ぐらい。
クリス・エヴァンス(High)のおしゃべりが終わりそうにない。NYで拠点にしているジムの近くでばったり、彼と出会ったセバスチャン・スタンは何か言いかけるために口を開いては閉じ、開いては閉じをくり返していたが隙を見つける事が出来ずに、結局ぽかんと口を開けたままになっていた。
クリス・エヴァンス(Low)の時はその時で、会話の糸口を見つけるのが大変だったりするのだけれど、ハイの時のマシンガントークと全身を使っての大笑いはセバスチャンにはどうすることも出来ないモンスターみたいなものだった。
もちろん、心底ハッピーだというような顔が見られるのはいいことなのだけれど、できればクリス・エヴァンス(ニュートラル)な時にゆっくりおしゃべりしたいな、とセバスチャンはそんなことを考えながら、うん、うん、と相づちを打っていた。
でも、ここんところの彼の拠点はボストンだったはず。
それに、このジムのある通りを「通りすがる」可能性はとてもとても低い。よく彼の顔を見ていみると鼻の頭が真っ赤だ。どうやら、この寒空の下、ずっと外にいたのは明らからしかった。
「でも、クリス。君がNYにいるのって珍しいね?」
笑い過ぎて少し呼吸困難になってしまったクリスの背中を慌ててさすりだしたセバスチャンだったが、不用意に口にしたこの一言が一気に彼のテンションを下げてしまうとは思いも寄らなかった。
氷水で一気に冷やしたみたいだ。
口角が下がり、眉間に皺がより、ぴたりと口を噤んでしまったクリスにセバスチャンは、ええと、と言葉を探る。そして、俯けてしまった顔を覗き込むようにして「Hi?」と声をかける。こうなってしまっては仕切り直しをするしかない。
「……来てくれてありがとう」
今日は二月十四日。
そうだね、確か、そんな日だ。
「お茶でもいかが?」
俺が入れるやつでよければ、と少し首をかしげて見せれば、少し機嫌を直してくれたのか、唇を尖らせた子供のような不満顔に表情を変えてくれる。うん、これなら大丈夫、少し拗ねてみせるぐらい大歓迎だよ。
*** *** ***
「んー……!」
セバスチャンは玄関の前に置かれた自分の背丈の半分ほどの大きな箱に気がつき、すぐ後ろを振り返った。
確信犯はそのタイミングを見計らって、キスを寄越してきた。両方の頬を大きな手の平で包まれて(というよりがしっと掴むような感じだったけれど)、唇を奪われる。ちょっと手足をばたつかせたぐらいではびくともしない。
こうなっては、素直にお答えするほかはない。
「ん、ん……っ」
しかし、遠慮のないしっとりとした厚みのある唇と舌の悪戯っこぶりには際限がないので、セバスチャンはブーツの爪先で、クリスの脛を軽く蹴飛ばした。
コーヒーは?
と、目に力を入れて問うと、両手を挙げての降参のポーズを取ってくるから、どうやらさっきの落ち込みも演技で、今日は一貫して「High」でいるらしい。
「後で?」
「……あとで!」
いまいましきバレンタインデー。
セバスチャンは少しの不機嫌を装いながら(クリスに堪えた様子はなく、ハミングしながらのご機嫌だ)、大きな箱とともに家に入る。
中身は、大きなクマのぬいぐるみ。
と?
「ふふ……」
とびきりの甘い物が、その下に隠されていた。思わず顔が緩むほどのラインナップに今度はクリスの方が不機嫌になっていく。クロナッツもプラリネも、マカロンも、キャンディもたっぷりと詰め合わせたのはクリスだろうのに。
「やっぱり甘い物には勝てないかあ……」
がっくりと肩を落としたクリスはぬいぐるみを抱きかかえながら、床にごろんと転がった。
勝つも負けるもないのになあ、と思いながらもセバスチャンは「そうだね、甘い物は最強かもしれない」と言いながら、声を上げて笑った。
クマのぬいぐるみとクリスのマッチングが思いの他、かわいらしくて。
すぐそばにしゃがんだセバスチャンは、子供にするようにクリスの頭とクマの頭を撫でてやる。
こんな大きなものを、ボストンからどうやって持ってきたんだろう。そう考えると嬉しく思わないわけもなく。
「なあ、クリス?」
セバスチャンはまだ少し拗ねているようなクリスの青い目をじっと見て、にっこりと笑った。
「ん?」
「この子の名前、クリストファーにしよっかな?」
ええと、確か……と、コートのポケットを探ると聖クリストファーのペンダントが出てくる。撮影に使った小物だったけれど、クリストファー・ロバート・エヴァンス君の名前が頭に浮かばなかったと言えば嘘になる。
守護聖人として有能かどうかはわからないけれど。
「良い名前だからな」
「そうだね」
一転しぴかぴかの笑顔に戻ったクリスはぬいぐるみを抱えたままのハグを要求するかのように、大きく手を広げた。まだお互いコートも脱いでいないし、早くクロナッツを食べたい気持ちはあるのだけれど、ここは聖クリストファーに免じて、彼の望む通りにすることにした。
ハグはキスは、クロナッツの後で。
それは絶対譲らないぞ?
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クリエバのかわいさが最近天井知らずなので
困ってます。
でもワガママ放題して欲しいです!