"I LOVE YOU" Tanner/Mallory #SKYFALL

140223 FreePaperより
『Made-Over』設定の続きになります。

「電話があったが……」
どこから、誰から、何の用事で、それら余計なことをすべてはぶいた上司の台詞は幕僚主任タナーを震え上がらせるに十分だった。MI6のトップである上司Mはさほど抑揚をつけない、穏やかな声色で話すが、それが耳に優しいほど、優しいわけではないことをタナーをよく知っている。
「……あの、その、HRに問い合わせてもいいですが、私にはそんな余裕がなくて、で、ですね?」
仕事に関わることならば、こんな風にどもることもないのだが、新しい上司は特に継ぎ目を見せず、鋭角に入り込んでくるのだ。プライベートに関するあれこれに。
「直属の部下の勤怠ぐらい把握できているつもりだ」
「……は、はあ……」
「三日前のスタッグパーティーも」
タナーは思わず辺りを見回した。隠しカメラがこの上司の執務室に設置されているわけはないのに、どこで見られていたのか、と身構えるあまり意味のない行動で動揺を表してしまう。しかし考えて見れば親愛なる(嫌味だよ!)ジェームズ・ボンドは鍵をきっかりかけたセキュリティシステムにだって登録してある家に普通に入り込んで、シャワーを浴びて、冷蔵庫の中身まで平らげたりするのだから(人のベッドにももちろん勝手に寝る)MI6にプライベートなどないのかも知れない。
確かに、三日前、同期が今週末結婚するというのでその前に最後の自由を祝おうと、大いに盛り上がった。次の日は天地がひっくり返ったかと思うほどの二日酔いだったが、それでも昨日、今日ときちんと定時で出勤しているではないか。
そうだ、そうだ!私は悪くない!若者(幕僚比)には若者の楽しみ方があるのだ!露骨なストリップが苦手で端っこの方に寄って手持ち無沙汰に酒ばかり飲んでいたとしても!
「言いたいことはわかるかな?」
「え、ええ、サヴィルロウでスーツを仕立てる、わかってます、わかってますから……」
何で嫌がるんだ、と不思議そうな顔を見せる上司に、タナーは目を逸らそうとするが、それが出来ないので困っている。きれいな色の目をしているのだ、それがじいっとこちらを見てくるのだからどうすることも出来ない。純粋さしかそこにはありません、と言うぐらいに澄んだペールブルーはかなりのアドバンテージだ。Mの経歴からして純粋なんてことはありえないのはもちろん承知しているが。
私はですね、と手にしていたファイルをデスクの上に置いて、両方の手の平を降参するかのように向けた。これ以上苛めないで下さい、の訴えにくすくすと笑うMにタナーはふうっと一息ついた。
「まだ、早いと思うんです。わ、私は、まだ……その、仕事の面であなたに認められるほどのことが出来ていないし、その……だからですね?」
Mは愉快そうに唇を笑みの形に変えたが何にも言わなかった。目を細めていたがまだこちらをじっと見ていて、続きを話せと促されているような気がしてタナーはもう一度、大きく息をついた。
「人にひいきをされていると思われたくないん……です」
上司のひいきにしている一流の仕立て屋で新しいスーツを作る、なんていうのはあまりにもリスクが大きい、主に冷やかし避けだがやっかむ人間がどこにいるとも知れない。そんな時、自分は身の程知らずという揶揄を受けるぐらいだが、もしかするとMに迷惑が及ぶかも知れない。
そこのところは気をつけなくてはいけないのだ。
と、思っている。
「なるほど」
Mはタナーの言い分を理解してくれたのか、そう言って小さく頷いた。そしてついに視線が外され、彼は何もない壁のそのまた向こうを眺め見るような目線になった。
「確かに君は私のお気に入りだからな」
しかし続けられたのはかなりの爆弾発言だ。まるでぬいぐるみのクマにでも言うような感じだったが、タナーは額にじわりと汗をかく。
正直に言えば、上司とはもう何度か寝ていたものだから。パワーハラスメントを訴えることは到底出来ないぐらいに、その、まあ、何度も、と言った方が正しいかもしれない。
「あ……」
そうか。
今、ようやくタナーは自分が「責められて」いるのだということに気がついた。仕立て屋に行けと言われてずっと行ってないことはさほど重要ではないのだ。
なるほど、なるほど!
「……その、……ええと……」
何度も寝ている相手から「スタッグ・パーティーへの参加」を咎められるなんてのは、お定まりのようなものではないか!
「や、やましいことは何も……その、……苦手なので……」
ごめんなさい、と動揺のあまりタナーは子供がするような言い回しを使ってしまったが、Mはひょいと眉をあげて見せただけだ。
「……ええと……」
「罰として、今から花を買ってきて、跪いて愛の告白でもしてもらおうかな?」
どうして良いかわからずおろおろとするばかりのタナーに、Mは面白そうにするでもなくそんな風に言って、ゆっくり立ち上がった。時計をちらと見るともうすぐ大事な会議があるので、それはごく自然な流れなのだけれど、かなり落ち着かない。許してくれたのか、どうなのか。
今度は間違わないようにしないといけない。
「その……M、ええと、Sir?」
「……何かな、幕僚主任」
ええい、ままよ!
「そ、それでは、罰になりません……!」
一度は外された視線がまたこちらに戻ってくる。
「花は、ないですが……」
タナーはその場で、上司である、年上の男の前に、膝をついた。
「あ……あ、愛してます……!」
彼に初めて会った時から結構な時間が経っているが、こんなことになるなどと一度も思いつきもしなかったが(当たり前だが!)、こうなったら覚悟を決めなければいけない、そうだろう。
そ、それが男というものだ!
言ってやった、という達成感とともにそこからMの方を仰ぎみると、十分に満足したように見える笑顔があった。あ、かわいい、と思ってしまうのも当然だと開き直れるぐらいには手遅れだ。
するとMはゆっくり二度頷いて、手元の電話を取って短縮ボタンを一つ押した。
「ああ、Qか?ああ、そうだ、撮れたか?」
すうっと細められた目が小悪魔のように(どうかしている表現なのはわかっている)弓なりになるのをタナーは呆然と見上げるしかなかった。
「……まさか……」
「音声、画質ともに良好だそうだ」
「な、なんで!」
嫌がらせだったんですか、というのは何とかこらえてタナーは慌てて立ち上がろうとするが、指先一つで額を抑えられ、それも出来ない。
「せっかくの機会だ」
くすくす笑いの上司はすっかりご機嫌なようだが、タナーは納得が行かず、眉を寄せ小さく唸った。
「か、会議の時間です……」
それでも言えることなどこれくらいで。
「わかっているよ」
「……これからは、ちゃんと口にするようにします……」
だから、せめてこのぐらいは意志表示しておくべきだろう。
「どうだかな」
そしてそれは十分効果的だったようで、マロリーは指をそのままに、すぐ隣にキスをくれた。お仕置きはおしまい、という合図なのだろう。タナーは安堵の吐息と、それから、反省してます、の小さな敬礼を返した。
今日はこのまま、お供をして会議に出なければいけない。
GPS追跡については、後で、Qをとっちめよう。録画の件は、とりあえず不問だ。彼が喜んでくれたのなら、それでいいのだから。
ただし、流出でもしたら、テムズ川に飛び込む予定だ!

 

 

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