140223 FreePaperより
毎度突然の出来事だ。
「好きだぞ、ダノ」
前を歩くパーフェクトな肉体、パーフェクト(らしい)頭脳、パーフェクトなソウル(ここ、笑うとこね)を持つ、スティーブ・マクギャレット少佐、現在ハワイ州知事直下の捜査組織ファイブ・オーのリーダーは、にっこりと笑いながらそんなことを言った。
アメリカ合衆国には言論の自由が保障されており、戯言だって何だって言うのは自由だ、タダだ、構わない。
だけれどそれを口にする時のリスクっていうのを考えて欲しい。もしくは、配慮。
スティーブの相棒というか(別にファイブオーでは二人で行動することを義務づけているわけではない)同僚というか、ホノルル市警所属の刑事、ダニー・ウィリアムズはルール作りが必要だと心底痛切に感じていた。
いや、もう何度も何度もそう願っていたし、本人にも訴えていたのだが彼の思考回路と聴覚にはいささか問題があるらしく、現状こんな調子が続いている。
最高にハンサムなスマイルと一緒に愛の告白をされれば普通は嬉しかったり、ときめいたりもするのかもしれないけど、そういうことこそTPOが大切だと思うのだ。
「……は?」
ハワイ全域の重大事件を捜査するファイブオーが暇なわけではもちろんない。現在も捜査中だ。銃を手に、辺りをうかがいながら、参考人の潜伏先を探っているような、今、この時にそんなこと言う必要ないだろう。
「いや、だから俺はおまえを……その、改まって聞かれると照れるな」
目尻にくしゃっと皺を寄せて、照れ笑いして見せるスティーブを見て、キュート!と騒ぐ女はいくらもいるだろう。しかし、ダニーはそういう感覚を持ち合わせていない。東海岸出身らしく、それはそれ、これはこれ、と仕事に関しての折り目はきちんと正しておきたい方なのだ。
友情や、肉親への愛情がそれに少し融通を利かせてしまうことはあっても、こんな時に脈絡もない台詞を口にして照れ出すなんてことを許すことは出来なかった。
「聞いてねえし」
だから、ついつい口調は乱暴なものになる。低く唸って見せても威圧には足りない声質だったが、愛の告白をしてきた相手には多少は有効だろう。
スティーブの目が驚いたように見開かれた。
「え?」
何を言っているのか、わからないという顔だ。
そりゃねえだろう、とダニーはかっと頭に血が上ってしまうのをどうすることも出来なかった。一度、きっかり、わからせないといけない。
だって、そうだろう、今は捜査中なのだから!
「すっとぼけてる場合かよ!おまえはなんで、そういうことを、こういう時に言うの!」
ここに人の気配はないのはうすうす感づいてはいるけれど、だからと言って戯れ言を言って言い訳ではない。本来ならすべての部屋を確認して、すぐに次の心当たりある場所に向かわないといけないのだから。チンから送られてきた潜伏先のリストはまだ三つほど残っている。
「……愛しているの方が適切か?」
それなのに、それなのに、スティーブは真顔でそんな風に言うのだ。小首をかしげて、母性本能でもくすぐるつもりか、とダニーはぎりりと奥歯を強く噛んだ。あいにく自分には有り余る父性はあっても、坊やをかわいがるだけかわいがるような都合の良い母性は持ち合わせていない、とまくしたてたいところだが、そうして何とか堪える。
馬鹿、と罵るのもどうにかこうにか、耐えた。
「今は仕事中。参考人の捜索中なの、わかる!?適切じゃないの、そういうこと言いだすこと自体が間違ってるの!」
スティーブは大きな声を耳元でまくし立てられたのが不満らしく、じわじわと眉間に皺を寄せ、不機嫌な表情に変わっていく。そうなってくると彼はずいぶんとボスらしく(それも横暴なタイプの)見えてくるから不思議だ。まるでこちらが間違ったことを言っているような気分にさせる。
それが彼の策略なら、もう少し出方があるのだけれど、とダニーは内心の呆れを顔に出さないようにしながら、諭すように続ける。
「……あのさ……?おまえの与太聞くのは仕事が終わってからにしたいの、わかる?」
「仕事が終わったら聞かせるだけじゃ足りないぞ?」
ああ、なんで、そんな良い顔で笑えるかな!
ダニーは思わず天に訴えかけてしまう。神様、どうして俺の寝る相手ってのはどいつもこいつも勝手を言うんですか!俺が何かしたのでしょうか!と。
最初に許したのが間違えでした、とあっさりと返ってきそうな答えに気付かなければもう少し俺はわがままになれる、とダニーは気落ちしかけたところを奮い立たせるように大きなため息をついた。会話の成立しない相手に何を言っても無駄なのだから。
すっと、パーソナルスペースをあっさり侵略してきたスティーブはダニーの腰に腕を回し、ぐっと力強く自分の方に引き寄せた。こんな彼に常識を説くのは無駄な努力かもしれないが、文明社会のため諦めたくはなかった。
もう、キスをされてしまっているけれど。
ふざけるな、このサイコ野郎!という文句も実に気持ち良さそうに人の唇と口の中を弄ぶ男にはけして通じないのだ。
そりゃ、キスは、悪いもんじゃないけど。
実際スティーブのそれは、かなりいい。
「愛してるぞ、ダニー。もう少し我慢しててくれ、いいこだから」
そう、キスの間にロジックがひっくり返って、ダニーの方が「ダーリンを欲しがっている」状態にあることにされても、仕方がないと諦めてしまうぐらいには。
咳払いでどうにもならないことへの嘆きをごまかして(時間の無駄と言われたら、それまでだ)、ダニーは小さく頷くに留めた。
「……俺はあんたに勝てる気がしないよ、ほんと……」
まともな人間相手じゃないからな、という意味合いで言った言葉も、
「ありがとう」
嬉しそうに受け取られてしまうのだから。
「ああ、もう、ほんとスキップでもしそうだね、うれしそ」
何かがみなぎってきてしまったような相棒の背中から目を逸らしつつ、ダニーは後を追った。明日は遅刻決定、間違いなしだなと少しばかり情けないことを考えながら。