2013 Valentine Request
手元に届いたのは、バレンタイン三日ほど過ぎた日の朝。
すっかりくたびれた国際郵便の袋には、別の運送業者の伝票が貼り付けられてあり、さらにその上からホテルのセキュリティチェックのタグが貼り付けられていた。
なかなかの大冒険をしてきたらしいこの荷物の中身は、一冊のスケッチブックだった。こちらも外側の袋と同じようにだいぶくたびれている。
表紙の角は柔らかくなっているし、何より絵の具だかインクだかの汚れも酷い。差し出し人はエージェントの名前だったが、これを見た瞬間、そうではないということがよくわかった。
こんな手の込んだことをする人間をただ一人しか知らない。
「……ふむ」
ショーンは今まで泊まったことのないホテルの一室、大きなベッドに腰かけて、そのスケッチブックをゆっくりと開いた。
親愛なる、ワーカホリックの君
一ページ目にはそう書いてあり、書き殴ったような署名。
「お褒めにあずかり……」
ショーンはそう呟きながら、白紙を挟みつつ、幾枚にも渡るスケッチや裸婦、色の洪水、よくわからない文字の羅列、写真のコラージュ。
ヴィゴ・モーテンセンの言葉がここには手紙やメール以上の鮮やかさと情熱を持って表れている。寒さでかさついた指先でも馴染むほど柔らかい紙なのが、少しだけいつもと違う。これは彼の、自分に対する思いやりだろう。
「……ふむ」
指の一本、一本、ふくらはぎのカーブ、その場にいない人間を描くのは難しいという話を聞いたことがあるけれど、彼にとってはたやすいことなのかもしれない。
いや、たぶん、違うだろう。
たやすく見せているかもしれないけれど、彼はきっとこのスケッチブックを抱えて、あちこちを歩き回ったはずだ。目を閉じて、それから空を見上げて。思い出をかき集めつつ、今を想ってくれたから、こんな風に描いてくれたのだろう。
ああ、ここにいるのは昔の俺じゃない。
それが嬉しくて思わず口元がほころんだ。
「……なあ、ヴィゴ。すごいな、ちゃんと老けてるぞ?」
「……」
小さな呻き声が足元から聞こえてくる。
そう、送り主は先にご到着していたのだ。とは言っても、彼がこちらに居場所を尋ねなかったことと、エージェントに意地悪されたことで、彼もまた一日遅れの到着だった。
「サプライズにこだわらなくても」
「俺が、そうしたいの……」
というわけで、昨日の夜から彼は計画が何もかも失敗してしまったことにすっかりしょげているのだ。頬を脹らませる様はまるで子供のようで、両脚を開いたところにしゃがみこんでいるヴィゴの髪をショーンはゆっくりとかきまぜた。
真夜中に少し外を歩いて、部屋に帰ってきてからはキスを三回ほど。
それだけではお互い足りないのに、そのまま抱き合って眠るのが精一杯だったのだ。ショーンの方はガマンした、と言いたいところだったけれど。
「じゃあ、来年は頼むよ」
「ああ、もちろん」
ほら、顔を見せてくれよ。いつまで拗ねてるんだ?
俺からだって贈り物があるのに。
そんな言葉を全部こめて、ショーンは身をかがめて額にキスをすることで伝えた。すると少しだけヴィゴのあごがあがり、鼻先同士が当たった。
ふふっ…と、どちらともなく笑みが漏れて、ヴィゴの両手がショーンの後頭部あたり添えられた。
「へい、床はいやだぞ?」
「わかってるよ、ダーリン」
ヴィゴはようやくいつもの調子が戻ってきたのか、少し伸びをしてショーンの鼻先をぺろりと舐めると、立ち上がった。
「計画通りに?」
どういう心づもりだったかは知らないが、ショーンは律儀にそう尋ねてみる。大仰な演出は実のところ大好き、だったけれど、今はそれが必要な時ではないような気がしている。はたしてヴィゴはどうだろう?
「いや……」
ヴィゴはにやっと片頬で笑うと、ショーンの手からスケッチブックを取り上げるた。自分で描いておいて、それに少し嫉妬しているように見える。
それがおかしくて笑い出しそうに口元を指先で押さえ、ショーンは片目をつむった。
それが合図となるのを承知した上で。
エンジンがフルスロットル、全開になるまでかかったタイムはほんの2秒ほどだったと思う。
二日、三日の遅れなんてあっという間に取り返せるほどだった。
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バンクーバーでロケをしているという設定(?)で
書いてます。
今月はバンクーバーだったと……思うんだけど、違ったかも!