120819 発行 『Knocker’s #9 Re-MIX』 より 再録
「あのね。俺、前からおまえに言っておかなきゃって思ってたんだけどな?」
ああ、もう!無理!
と、ばかりに大きな声をあげたダニーにスティーブは真顔のまま、眉間の皺を深くした。
「ああ、何だ?」
「……そう、それ。」
何が?と意を得ず、すぐ隣を歩くダニーの顔を覗き込む。
「近い!」
顔が、近い。
ダニーは人差し指を立てて、言葉を句切りながら訴えると、半歩後ろに下がった。
「そうでもないだろう。おまえは背も低いし、これぐらい近くないと会話が遠くなる。」
「はあ!?会話なんてしてた?今、俺達、黙って歩いてただけだよねえ?」
そう、車では入れない細道を聞き込みに向かうために歩いていた。そうだな、とスティーブは何の疑問も持たずに頷いた。
「それなのにおまえはちらちらちらちら、こちらを横目で見て、すぐに顔を近づけてくる。その癖、ほんとやめて、マジやめて。誰かが見てたらどうすんの!」
たとえば、グレース!
そうわめき立てたダニーを黙ってしばらく見ていたスティーブだったが、彼は彼なりにダニーの言葉を頭の中で咀嚼していたのだ。
そして、結論を出す。
「!!?!?!」
な!な!と、声にならない声をあげたダニーの頭を腕で抱え込むようにして、スティーブはそのまま歩き出す。
「ちょっと、ちょっと!何した、今!おまえ今何した!」
「何ってキスだ。足りないのか?」
「何でキスしたの!」
「したかったし。」
それに。
「して欲しそうだったから。」
どうしてそうなるのか、ダニーにはさっぱり理解できず、戦意も根こそぎ奪われてしまっては、何も出来ない。
ああ、そうなの。
へえ。
生気のなくなった声を返すのが精一杯のようで、腕を振り払うこともなくそのまま歩き出した。人生をやり直したい気持ちでいっぱいになりながら。
しかし、もちろんと言ってもいい。スティーブはそれに気づかず、鼻歌まで出るほどの上機嫌さで歩みを進める。五歩に一回ぐらい、歩幅の調整をするように小走りになるダニーがかわいくてたまらなかったのだ。
それを説明しても怒らせてしまいそうだったから、なだめるためにキスをした。
彼のロジックはこんなところだった。
「……ああ、もう、ほんと……近いってば……。」
泣き出しそうなダニーの声は、もはや上機嫌を極めたスティーブの耳には届かなかった。