C/B 円盤発売記念
リクエスト:お兄ちゃんがブラクストンを心配のあまりとじこめちゃうおはなし
「俺さ……、あんたらに問題ないって言ったよな?!」
ブラクストンはあえていつもより他人行儀な言い回しを使った。声を荒げてはいるものの冷静さは失っていないつもりだ。
「一度の失敗でリーダーを殺して回るような非効率なことするはずがないだろう? 会社の規模考えろよ、冷静に」
民間警備会社、もとい傭兵稼業に身を置くものすべてが脛に傷を持つろくでなしというわけではない。ブラクストンも汚れ仕事をいくつもこなしてきてはいたが「殺し」を専門としていたわけではない。
失敗は限りなく少なく、実質先日のラマー邸での出来事が初めてと言ってもいいぐらいだ。
ブラクストンは結果的には組織から慰留されたが固辞し、フリーの身になった。後ろ盾もなくなり、今回の「失敗」もいずれ噂として広まるだろうから仕事としては前途多難だが逃亡を強いられたわけでもない。
もちろん部下につけていた男達の身内が復讐を思いつくこともあるだろうが、すぐにすぐではないだろう。当然、警戒は続けて行くつもりだ。
もう自分のテリトリーだった場所、所有していたもの、ほとんどすべては手放して無関係になっている。ブラクストンが兄と合流した時に持っていたボストンバッグの中身以上には何も持ってない。
今までの十数年と引き換えに兄と供にいられる、そういうことなら何もかも捨ててしまうことに何の抵抗も感じなかった。
『私もそう聞いたから確認して問題ないと判断したわ』
電子音声のパートナー、ジャスティーンの言葉にも兄は反応せず、ただ黙ってその場に立ち尽くしている。
彼は、つい先ほど。
こう宣言したのだ。
「僕がすべて、確認する」
トレーラーハウスを牽引してのドライブが二日ほど続き、ブラクストンはつい助手席で寝入ってしまった。兄との再会に心躍らせ、どんなことがあってもしくじってはいけない、と今までで一番長くて忙しい一週間を過ごしたせいもあり、ほとんど気絶に近い眠り方をしていたと思う。
「はあ……?」
その間に兄は弟を監禁することに決め、その手はずを整えていたのだ。
ここがどこなのかはわからない。ただ、見た感じでは兄の大切なものが詰まったトレーラーハウスの中であることは確かだ。
しかし、その外はまったくの暗闇だ。
兄はシェルターのようなものだから安全だ、と言う以上の説明を何もくれない。コンテナの中か何かだと思うが、ブラクストンはそこを考えることはすでに放棄した。
あの対決で、完全に今の自分は兄には勝てない、その実力差に納得が行っているからだ。悔しくないとは言わないが、すぐにすぐ差を詰められるものでもない。
理解して納得している、という状況だ。
兄がここから出さないと決めたのなら、自分は兄の気が済むまで外には出られないのだろう。
「本当に安全か確認が済むまで、ブラクストンはここにいろと言った」
すべて生活に必要なものは揃っている、としかつめらしい顔で言ってのける兄の整った顔を正直拳で殴ってやりたい、と思ったが、それで解決することは何もないのだ。
こんな時ばかりは自分の物わかりの良さを呪う。
「……なあ、兄貴……?正気なのか?」
「ああ、僕は正気だ。あの屋敷でおまえと会ってすぐに決めたことだ」
会って、ね。
そんな簡単な状況ではなかったという恨み節をどうにか飲み込んだブラクストンは頭をかきまぜ、大げさなため息をつき、それから顔を上げるときろりと兄を睨みつけた。
「じゃあ、交換条件がある……」
「何だ?」
そんなことを提示されるとは思ってもいなかったのだろう、兄は目をすがめ、口元で不満を現す。計画を邪魔されることにストレスを感じるのは相変わらずのようだ。
「俺の……、俺の、今一番欲しいものを当ててくれたらおとなしく待っててやるよ」
ブラクストンは片頬をつり上げ、あごをしゃくるようにして兄を挑発する。こんな小手先が兄に通じるとは思っていなかったが、無抵抗に「はい、そうですか」と従うことに我慢がならなかったのだ。
これ以上、自分はただの役立たずでしかなかったという事実を思い知らされたくないのだ。
兄に、十年の間必要とされなかったのだ。
今更、どう頑張ったところで足手まといを避けるぐらいしか望めないだろう。
物わかりが良いと夢を見ることができなくなるのだ。
希望よりもずっと冷静に、自分の未来を想定してしまう。諦念ばかりが積もっても、顔に出すつもりはない。
ましてや兄に訴えかけるようなことも。
「……母親か……?」
それに、こんなにも心の声の届かない男に、何を言っても無駄なのはわかりきっていたことだ。
あまりにも酷い。
惨い、一言にブラクストンは一度天を仰ぎ、
「……あんた、本当に馬鹿だろ……?」
掠れた声を返すのがやっとだったが、それでもどうにか殴りかからずに済んだし、自分のこめかみを撃ち抜くこともなかった。
命拾いしたのは、はたしてどちらの方だったのだろうか。
「もういい、わかったから出て行ってくれ……」
しかし、理解して欲しいと願う気力は消え失せてしまった。
「ジャスティーン、あんたもだ……悪いな、味方してくれたのに」
『いいのよ』
ため息を残し、彼女が兄のモバイルから立ち去ったのがわかった。
ブラクストンは未だ立ち尽くした格好のままの兄に、ゆるく頭を振ってなけなしの拒否を伝えたが、通じた様子はない。
得心したように大きく頷いた兄は、そのままトレーラーの外へと出て行った。
残されたブラクストンは唇を強く噛み、その痛みで虚しさに取り込まれないように必死に自分を保つことしか出来なかった。
一人きりの時間を数時間、過ごした頃合いだ。時計の類いをすべて撤去しているあたりが、これは単なる避難ではなく「監禁」だということを知らしめているような気がして気分は暗くなる一方だった。
しかしながら捕虜や人質になった時の対応を教え込まれてきたブラクストンに動揺はない。感情と理性を切り離していられる。
感情の方は胸の内で暗く沈んで泣き暮れていたが、表情は何もしたくない休日に退屈している男の顔、以上のものにはならない。とってつけたように置かれたテレビ画面に流れる配信映像(ジャスティーンが用意してくれたのだろう)をぼんやり眺めているだけだ。兄は普段テレビを見ないのだろう、これは「監禁」のために設置したアイテムなのだろう。
そこにも時間は表示されない。
「……ブラクストン?」
物音がしたので兄がやってきたことは知っていたが、声がかけられるまではけして返事をしないと決めていたので、顔を覗き込まれるようにされてはじめて視線をちらりとだけそちらへ向けた。
「何?」
「……買って来た」
田舎者でも名前を聞いたことがある、ニューヨークの超有名店のロゴがピンク色で書いてあるご大層な箱を差し出してきた兄の表情は出かける前と変わらない。
唇に強く力が入っているところを見ると、少しは緊張していたり、申し訳なく思っているのだろうか?
ご機嫌伺いにカップケーキの詰め合わせを調達してくるぐらいに?
「ずいぶん遠出したんだな」
「……」
ここの場所を推察しているように思ったのか、兄はむっつりと黙り込んで、箱をこちらに差し出した。ブラクストンは礼もなく受け取り、予想通り、箱いっぱいに詰め込まれたパステルカラーのアイシングたっぷりのカップケーキを目を細めて見やった。
濃いめのコーヒーを入れよう。
まずは、これと、これ。
「どんな顔して買ったんだか……」
「……ブラクストン?」
「ああ、これもハズレだからな?このぐらいのもの欲しかったら自分でいつでも買いに行ける」
基地に住んでいたような少年期ならともかく、とブラクストンは鼻を鳴らし箱をひとまずテーブルの上に置くと、兄の顔をわかりやすい表情で睨みつける。
フェイスマークだ、わかるだろう?
俺は怒っているんだ。
「兄貴の意図は理解したよ。納得しない限りこのままってこともな。俺がどう思うかは関係ない、そうだろ?」
眉根を寄せた兄の表情は苛立ちやもどかしさが七割、三割を弟が贈り物を喜ばなかったことによる落胆が占めているようだった。
ブラクストンはそれを把握していながら、理性の部分で話を続ける。
期待はするな、今以上を求めるな。
感情をそうなだめながら。
「だから俺がここを出られるようになるまで来なくていい。俺も逃げない」
「それは困る」
兄はブラクストンの語尾にかぶるように、早口でそう言った。
「なんでだよ」
しかし、ブラクストンがその台詞を喜ぶことはなかった。胸の前で腕を組み、目を細め、より攻撃的な視線を送る。
そして理由を言葉にできない兄の特性を誰よりも深く知っていながら、
「反射で言うな」
と、厳しい語調で言った。
昔のように、彼の心情を汲み取って会話を助ける、なんてことをしてはやらないぞ、という宣戦布告も同然だ。
ブラクストンは兄が困惑し、目を伏せ、指を所在なさげに動かしているのを見つめる。体を揺らして落ち着かないのも、この場から逃げ出してしまいたいぐらいに混乱しはじめたのもわかっていながら。
助けることはしなかった。
「……教えてくれれば、おまえの必要なものを探して手に入れるから……」
そんな中、兄はようやくそれだけのことを口にした。
本当によく考えたのか、と胸ぐらを掴んで体を揺さぶってしまいたいという気持ちをどうにか封じ込めて、ブラクストンはゆるく頭を横に振った。
「兄貴には無理だよ、絶対に……」
予想以上に冷たく響いた声に、兄は小さく息を飲んだ。
彼の計画とは何もかもが違っているのだろう。
かわいそうに、と呟きかけたブラクストンは唇をぐっと強く噛んだ。ここに閉じ込められることになってから何度も繰り返してきたせいで、すっかり傷になりすぐに血が滲んでしまう。
それに気がついた兄が何か言おうとした。
しかし、言葉が出てこなかったのだろう、またすぐに目を逸らし、そのまま背を向けた。
そうだ、結局そんなところさ。
ブラクストンはため息に落胆を混ぜ、カップケーキの箱を睨みつけた。癇癪持ちだったら、こいつを踏み潰してるところだ、と思いながら。
扉が閉まる音が聞こえる。
それから、外に出る音。
「……死んだ方がましだ……」
ブラクストンは思わず声に出してしまった言葉に、眉をひょいと上げ、悪くないと続けた。
ここから出るすべはなくても、そちらのルートならいつでも選べる。
兄は、弟がそんな風に考える可能性について、0.1パーセントだって見積もっていないだろうけれど。
人間の感情なんていうのは、どこにどんなスイッチが隠されているのかわからないものなのだ。
そのことを、兄はいつか新しく出会った誰かに教えてもらうのだろう。
そう思うと、ブラクストンは唇の傷を深くするしかなかった。
そこに自分がいるという未来図が思い浮かばなかったのだ。
ジャスティーンとは何度か話をした。彼女は、とても理性的で、なおかつ兄よりも道理もわかっていた。ブラクストンは自分の知らない十年間のことを彼女に聞くことも出来たが、そうしなかった。
卑怯者にだけはなりたくないという気持ちより、兄が過ごしてきた日々すべてに嫉妬して恨みたくないという後ろ向きな気持ちの方がずっと強かったけれど、それを彼女に知らせることもなかった。
体感では十数日が経っていても実際は三、四日ほどだと思う。兄が凄腕だったというよりも、単純に問題が少なかったのだろうとブラクストンは検討付けた。
ジャスティーンはそれを否定せず、あまり王子様に意地悪は言わないであげて、と言った。ビタースマイル、という注釈にブラクストンは笑ったが、もうそこまでの気力が残っていないというのが正直なところだ。
感情を押し込め過ぎて、したいこと、望むことが何もなくなってしまった。
兄が今後のことをどう考えているのかはわからない。それを聞いてから、考えようとは思っている。
このまま一緒にいられるのか。
それとも、いっそ二度と会わないという選択をするか。
後者の選択は、さらにいくつかの分岐を辿るだろうが。
「……兄貴……?」
そして、ついに兄の帰還だ。出迎えてやるつもりはなかったが、扉を開けた音の後に大きくトレーラーが揺れたので、慌てて見に行ったのだ。
「兄貴……!大丈夫か……!?」
俺は、馬鹿だ。
ブラクストンは思わずにいられなかった。どれだけ頑なになっていても、逃げ出したいと願っていても、弱り切った兄の姿を見れば駆け寄らずにはいられない。
嫌な汗がぶわっと溢れたが、血のにおいはしない。火薬のにおいも、何も。
「ブラクストン、ブラクストン……」
譫言のように名前を呼ばれて、封じこめていた感情が溢れそうになってしまう。入り口で座り込んでしまった兄を支えるように腕を伸ばし、その顔色の悪さに息を飲んだ。
いくつかの分岐先が、ブラクストンの中で消えた。
「ヘイ……兄貴?俺はここにいる……良い子にして待ってたぞ……?」
怒っていた。
ブラクストンは怒っていた、と兄は視点の合わない目をさまよわせながら続け、唇を震わせる。
「でも約束しただろう?……ちゃんと待ってた」
小さく頷いたのを確認し、ブラクストンは「触るぞ」と確認を取り、兄の頬は目の下の隈に指を滑らせる。
「全然寝てなかったのか? ダディがいつも言っていただろう? どんな時でも睡眠が一番大事だって……」
何て無茶したんだ、と叱るように言うブラクストンに、兄は掠れた声で続ける。
「眠れなかった……。おまえの欲しいもののことを考えていて……。何も欲しがらない子だった……」
父は普通の親とはかけ離れていたが、クリスマスと誕生日のプレゼントを忘れるようなことはなかった。何が欲しいかを尋ね、確実にそれを手に入れてくれた。
ブラクストンは特に何も思い着かなかったが、欲しがることが子供のすることだと理解していたので、学校のクラスメート達が欲しいとわめいている中から値段的に相応だと思われるものを提示していただけだ。
興味がなかったわけでもないので、暇つぶしぐらいには遊べたのを覚えているが、手放すことに執着はなかった。
「……僕には何もわからない……」
そんな悲しい声出すなよ、とブラクストンは吐く息に混ぜて答えると、ごめんな、と強く怯えたような兄の額にキスを落とした。傷になった唇に痛みが走るが気にならない。
「……昔は欲しいものがそばにあったからな……」
しかし、兄の方は気になったらしい。酷く傷ついた目でそこを見て、指先を伸ばそうとする。
触れはしなかったが、その手前で何度も指先を往復させる。
大丈夫だ、とブラクストンはその指先にも、キスをした。
「俺は……兄貴に愛してもらいたいだけだ……。兄貴の愛情が欲しい」
それがもらえないなら、一緒にいてもつらいだけだ。
だから、離れる選択肢についても考えた。
「……ちゃんとある……」
兄の指先が、今度は意志を持ってブラクストンの唇の輪郭をたどる。目線もそのあたりに集中し、声はどこか遠くで響いている気がする。
「あるんだ……」
譫言のように、くり返される言葉にブラクストンは久しぶりに頬を緩めた。まだスマイルには少し遠い。
あまりに深く押し込み過ぎた「喜び」が素直に顔を出すまでには時間がかかりそうだ。
「そうだな……わかった気がするよ……」
この数日間、考えたことについて兄に話すことはないだろう。ジャスティーンにも口止めをしておかないと。
「ブラクストン、僕はちゃんと……」
「ああ、そうだな。でも今はちゃんと寝て、明日ゆっくり話そう、な?」
なだめるように頭や頬、肩を撫でながらなんとか立たせる。
「……笑ってくれるか?ブラクストン」
「ああ、そうだな。もうちょっと上手く説明できたらな」
兄は、難しい、と呟いたが、努力すると少し強い語調で言い切った。
「そりゃ楽しみだ」
着替えもしないで眠ることなど、普段の兄なら耐えられないことのはずなのに、本当に限界まで疲弊しているのだろう。どうにか踏ん張って巨体をベッドに転がすと、すぐに彼の意識がどこかへ行ってしまったのがわかった。
寝入ってしまうまで傍にいようと思ったが必要なさそうだ。
「……俺もでたらめだな……」
駄目な男に夢中になってしまうタイプの女みてえだ、と呟いて「駄目な男」の寝顔を目を細めてうっとりと見つめてしまう。
どんなに醜い嫉妬も。
どんな絶望も。
唯一の愛情の前には、こんなにも無力だ。
「愛してるよ、兄貴……」
俺にはあんただけなんだ。
他に何もいらない。
それが俺のすべてだ。
久しぶりの日の光に、ブラクストンは目を細めた。
体を伸ばし、目の前に広がるきらきら輝く湖面眺める。新緑眩しい木々、小鳥のさえずり、美しい場所だ。
後ろの無粋なコンテナがなければ、もっとだ。
「……ったく」
色々考えたこと、思ったこと、兄の寝顔を見ながらすべてに整理をつけた。その後自分も久しぶりにぐっすりと眠って、朝を迎えた。
兄も十数時間はぶっ続けで眠ったようだ、おはようという声が上手く出せなくて困惑した顔で見上げられて、思わず抱きしめてしまったが突き飛ばされることも、嫌がられることもなかった。
もう少しきちんとけじめをつけるつもりはあったのだけれど、愛情の衝動の前には無力だった。
「ブラクストン……」
「飯食ったか?」
「あ、ああ」
後ろからかけられた声に振り向き、ブラクストンはまだ少し怯えを残したような兄の顔をじっと見つめた。
一生懸命視線を合わせようとしてくれているのが、嬉しくて自然に口角が上がっていく。
「……ブラクストン」
他人が見ればさほど表情が変わったようには見えないかもしれないが、今の兄は安堵している。そして、ゆっくりと彼の頬も緩む。
ヘイ、あの日以来だな、そのスマイル。
あの瞬間のために「かろうじて」十年生きて来たんだと思ったんだよ。
「で、確認は済んだんだな」
「ああ、おまえはもう安全だ」
だからそう言ったじゃねえか、という言葉を飲み込んでブラクストンは目を細めて兄をじっと見つめる。そして二歩、三歩と近づいてその肌に触れる。
そっと。
けして、押し当てるようにはしない。
兄は逃げなかった。
「安心したか?」
「……」
どうやらこれでおしまい、というわけではないらしい。
「……兄貴はどうしたい?」
「こうして、閉じ込めたりはしないが、一緒にいたほうがいい」
「なんで?」
「安全だから……」
ブラクストンは肩をすくめて、くるりと踵で回って背を向ける。
「俺は、危険でもどこでも……兄貴と一緒にいたい」
それから、湖の方へと歩き出す。兄には考える時間も、言葉を探す時間が必要だ、と思ったからだ。時間を与える、そのつもりだった。
「!」
しかし、二歩も進まないうちに手首を強く掴まれた。
「あ、兄貴?」
慌てて振り返ると、そこには眉間に皺を寄せた苦しげな表情の兄がこちらを強く見ていた。まっすぐに!
「離れるな」
僕は、おまえを愛している。
ブラクストン。
だから、離れるな。
「離れない」
絞り出すような強い語調は怒りをはらんでいるように聞こえた。しかし、それは彼の出来る限りの力を振り絞った結果なのだ。すさまじいストレスを感じているのだろう。
彼のやり方ではないのだから。
それでも、兄はそうしてくれた。
「離れないよ、兄貴……。俺は、ずっと兄貴の傍にいる。これからずっとだ……」
ずっとだよ、と言葉を拾い上げながらブラクストンは手を引かれるがままにされる。ダンスように、とはいかなかった。ハグだって考えられないぐらいぎこちない。
それでも、兄はそうしてくれた。
弟がそれを望んでいるとわかったからだ。
「……笑ってくれた……」
「ああ、そうだな。兄貴が幸せにしてくれたからさ……」
頬へのキスも許してくれた。
「……キスは傷が治ってからにした方がいい……痛そうだ」
どうやら過保護は天井知らずになってしまったようだけれど。まあ、少しずつ軌道修正をすれば良いだろう。
ブラクストンはそう考えて、悪戯っぽく笑う。
「直ったら唇にするぞ?」
「かまわない」
かまわない、だと?と眉を上げると、兄貴は少し目を逸らして、それからふっと息を漏らした。
それは、彼の一番の笑み、と言ってもいいものだった。
マジで、と間抜けな声を漏らすと、しっかりと頷きを返した。
「噛むんじゃなかった……」
「そうだな、痛いことはするな」
うん、まあ。
そうだよな。
ブラクストンはおずおずと背中に回った手の平の感触を楽しみながら、キスのかわりに頬をすり寄せた。せっかく景色が良いところにいるから、こんなふうにじゃれ合いながら散歩をしよう。
そしてゆっくり、明日のことを考えよう。
明後日、一月先、一年先のことも。
物わかりがいい自分でも、こんな日ぐらいは浮かれてしまってもいいと許すことにした。
「愛してるよ、兄貴」
ブラクストンの甘さをたっぷり含んだ声に兄は「僕の方が」と、ささやかな主張を混ぜ、少し得意げに顔を上げた。
どうかなあ、とブラクストンは笑いながら返し、たまらずに兄の唇に自分のそれを押し当てた。
このくらいの痛みなんて、空を飛べそうなぐらい浮かれた気持ちの前には、綿で撫でるようなものだ、そう思ったから。
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ながーい!!
なんか、こう、書きたいところを詰め込んだら
こんなにも長く、長く……!
マグノリアベーカリーに行くお兄が見たいんです!
そして、やっぱりガチ系の監禁も一度は書いてみたいなと思いましたw