【ザ・コンサルタント】Jam up【C/B】

C/B 円盤発売記念
リクエスト:車の中でいちゃつくCB

今までの快適ドライブがとんでもない「チート技」のおかげだったとは知らなかった。
「Jがいないと渋滞にはまるんだな……」
コンピューターの合成音声では饒舌な兄貴のパートナー、ジャスティーンのことを俺は一応の親しみをこめて「J」と呼ぶ。王子様と兄を呼ぶ彼女に敬意を払ってのことだ、俺なりの。
二人の間の特別な絆があるのは明白で、そこにNTの自分が無遠慮に割り込むことはできないと承知していた。彼女も兄もそういうスタンスを好まないだろうが。
俺には俺のけじめがあるのだ。
「ああ、彼女はナビゲートも素晴らしいが、信号もコントロールするからな」
ハイウェイへの車の流量も調整できるらしい。
本気かよ。
「……あっさりとんでもないこと言うな……」
ジャスティーンは年に二回ほどの医療検診のため、あの研究所を出て遠方の病院に二、三日入院するらしい。そんな時、兄は表の会計士としての仕事以外では大きく動くことはない。
まあ、言って見れば休暇みたいなものだ。俺はそのことを今朝知らされたが、その休暇に誘ってくれたことが嬉しくて、たとえ行き先が銃火器の見本市でも気にならなかった。
俺がデートだと思えば、これはデートなのだ。
たとえ、彼女のナビゲートがなく、超渋滞のハイウェイに飛び込んでしまったのだとしても。
「そういえば、この間見た映画にさ」
俺は窓の外を眺めながら、退屈しのぎになればいいと思い、話し始めた。
「こういうハイウェイでの渋滞中にさ、車の中のみんなが道に出てきて歌ったり、踊ったりするシーンがあったんだよ。俺、なんか、そのシーンが気に入ってさ。ふふ……、今なら行けそうなぐらいだ」
そういう柄じゃないけどな。
とりあえず、どこまでつながってるんだろう、とフロントガラスの向こうを眺めるように少し腰を浮かせて見るが、見通せそうにない。
あまり遅れるようなら兄の「予定」が狂ってしまうだろうから、代替案を考えた方がいいかもしれない。
「映画は……」
「ん?」
「……映画は、いつ、誰と見たんだ?」
「それを見たのはずいぶん前だけど、まあ、だいたい一人で時間の空いた時にたまに行くぐらいだよ」
そこに食いついたのか、と俺はハンドルを握る兄の方を見やった。その気はなかったが、運転を代わるという意志は何度か示しておいた。兄貴は必要ないとしか答えないけれど、これも礼儀のようなものだ。
「映画館はあまり良い場所とは言えない……」
「危険ってことか?」
兄貴はしかつめらしい顔をして、深く頷く。古い映画か何かを見て言っているのだろう。そういうものによく出てくる街はずれのリバイバル専門の映画館では確かによく人が死ぬ。
あと連続ドラマの中でも一度は出てくるな、そういうシーンが。
「今の映画館はそういうんじゃない。家族連れも多いし、絨毯にゴミ一つ落ちてないところだってあるんだぞ?陰気くさい不潔な場所じゃあない」
車はのろのろと進んではいるが、ほとんど止まっているようなものだ。俺が先に苛立つのは良くないとわかっていても、兄貴の「危険だ」が始まるとなかなか収まらないのだ。
「それでも一人は危ない」
「だとしても兄貴を連れてくわけにはいかないからな」
「なぜだ?」
なぜって、と俺は大きくため息をつく。顔を外へと向けると隣の赤いコルベットからブロンドと赤毛のポニーテールが手を振ってくる。俺は片目をつむってそれに答えると、目線を前に戻した。
納得するまで、これは終わらないからだ。
「きれいだし、安全にはなったけど、光と音がすごいんだよ、今の映画は……。腹に響くぐらいの大きな音とか、光の刺激も普段のトレーニングと段違いだ」
「大丈夫だ」
「何がだよ!」
大丈夫なわけないだろ、と俺は思わず目の前のダッシュボードを殴りつけそうになるが、ぐっとこらえる。
「兄貴につらい思いさせたくないっての……」
ああ、もう映画の話なんかするんじゃなかった、と吐き捨てると俺はコルベットの方へと視線を戻す。まだ子供じゃねえか、とは思うが好意をこめた笑顔を向けられるのは悪い気はしない。
軽く手を振ってから、渋滞にうんざりするように肩をすくめて見せると弾けるような笑い声が聞こえるような気がした。
「……ブラクストン……すまない……」
「ん」
しかし、兄貴の呼び掛けに愛想はなしだ。とりあえずこちらの機嫌が悪くなったから謝っているだけなのだ。
本当に悪かったと思っているのなら、もう少し動揺を見せるはずだ。
たぶんな。
「……謝っても許してもらえないこともあるとフランシスが言っていた……」
しばらくの沈黙を待っているうちに、コルベットは先に進んでしまった。分岐路が近づいてきているからだろう。彼女達は東へ折れ、俺達はもう少し先へ行く。
「今、フランシスの話、禁止だから」
「……わかった……」
俺の知らない兄貴は、ほとんどこの「フランシス」という名の老人の教えで出来ていると言ってもいい。表情を読むのが上手くなったのも、NTと会話をし握手をすることが出来るようになったのも、会計士として事務所を構えられるぐらいになったのも、全部フランシスのおかげだ。
ありがたいと思う気持ちは当然ある。しかし、それと同じぐらいの疎外感も感じるし、単純に面白くない。
こんな風に名前を出されれば余計に。俺と兄貴の関係が上手く行きつつあるのも、結局フランシスのおかげなのだろうけれど。
わかるだろう?
つまらない嫉妬さ、俺は心が狭いから。
「……」
最初はしょげているように見えた兄だったが、少しずつ車がスムースに動くようになり、景色が後ろに流れていくにつれて眉間に皺が寄ってくるのが横目に見てわかった。ハンドルを握る手にもやや力が入っているようだ。
思う通りにならないからなのか、それともフランシスの話を遮ったからか、俺にはわからない。
昔より、兄貴についてわからないことが増えた。
これからの時間で、また少年時代のように寄り添って行けるようになるのかどうかはわからない。それを兄が必要とするかどうかも。
でも、できれば。
たまにはこうしてデートが出来るような関係を続けたいと思っている。
だって俺は。
兄貴を愛しているからさ。
「……なあ、触ってもいい?」
いつの間にか、ハイウェイから降りたようだ。信号待ちでブレーキをかけた兄にまるでさっきまでのやりとりがなかったかのように話しかける。
「……かまわない」
少し低く抑えた声音が不機嫌を現していて、俺は「かわいいな」と思ってしまった。喉を鳴らして、うっとりと目を細めてその表情のない横顔を見つめる。
惚れた弱みというか、何というか。
結局俺が一番でたらめなんだろうとは思う。
「……キスだよ、兄貴」
俺は人差し指と中指、その指先に音を立ててキスをすると、兄の頬にそっと押し当てた。
その後、肩から肘のあたりまでを手の平で撫で、最後には太股に着地する。
少しだけ、力を込めようともしたが思った以上にはっきりと兄貴の体温が感じられてしまい、俺はすぐにその手を離した。
当初の目的の、キス、は果たした。
だから、いいのだ。
「ブラクストン……」
しかし、兄貴はそうは思わなかったようだ。
「ん?」
あれ?そう思った時にこちらを振り返った。
「……!?」
ハンドルを握っていたはずの大きな手が俺の顎を捉えたと思ったら、すぐ目の前に兄貴の顔が近づいてきていて、
「ん……っ」
キスをされていた。それも、普段促しでもしない限り仕掛けてはこないだろう、キスだ。兄貴が自分から舌を入れてきたことなんて、今までにあったか?
絶対に、なかった!
「んっふ……んんっ」
俺の真似だろうとは思うけれど、その手順は完璧で俺はすぐにあごの力を抜いてされるがままになってしまう。そう、上顎の下……、弱いんだよ、馬鹿。
そんなにされたら、まずいことになってしまうじゃないか。
どうしよう、と思ったところで後続車からのけたたましいクラクションだ。
助かった!
「いっ……」
兄貴は離れ際に、ぎゅっと痛いぐらいに俺の舌を吸って、それから唇を噛んできやがった。
俺はごくりと唾液を飲み込むと、すっかり火照ってしまった顔に両の手指を当てて長い息をつく。渋滞中にやられていたら、きっともっとをねだってしまっていたかもしれない。
いい年をして、何やってるんだか。
「ブラクストン」
何ごともなかったようにまた車を走らせはじめた兄貴はすっかり機嫌を直したのか、眉間の皺が消えている。見た目にはそう変化はないが、俺にはわかる。
「なんだよ……」
「次の映画は僕も行く」
もうこれは認めるしかない。
「わかった……」
「おまえが見たいもので構わない」
「りょーかい……」
大きな音や光によるストレスよりも、俺が一人で映画館に行くことの方が兄貴にとっては耐えがたいことなのだということはわかった。もうこうなったら、一度連れて行くしかないだろう。
ド迫力のアクション大作でも見せてやろうか?
それなら懲りて何も言わなくなるかもしれない。
でも、きっと俺は静かな映画を選ぶし、たぶんそれは兄貴が気に入るようなものになるだろう。
何度でも言うけれど、これが惚れた弱みってやつなのさ。
「ブラクストン」
「ん?」
「触っていてもかまわない」
ああ、もう、何なんだよ。
俺は結局顔の火照りもそのままに、結構得意げな表情を見せる兄貴をにらみつけてはみるが、にやけてしまう表情を抑えることもできず、言われた通りにするしかなかった。
ため息だよ、と呟いてシフトレバーを握る手の上に合わせるように乗せる。
「こっちの方がいい」
一瞬で、俺の手は下になりぎゅっと上から包むように兄貴の手で覆われる。
昔はそう身長も手の大きさも変わらなかったんだけどな。
「……やりにくくねえの?」
「問題ない」
そうかよ、とぽつりと呟いた俺を、兄貴は横目でちらりと見たが、すぐに視線を前に戻した。
ただ、さっきよりもずっと口元が緩んでいる。
ご満悦だな、と思いながら俺は手の甲に兄貴の体温を感じていた。何なら、もう一度ぐらい渋滞にはまってもいいと思えるぐらいには、こちらもご機嫌、になりつつある。
やっぱりこれはデートだ。
「愛してるよ、兄貴」
口元の笑みが濃くなり、しっかり頷いたのを見届けた俺は軽く口笛を吹いておいた。
少し茶化しておかないと、車を止めさせたくなってしまうから。
大丈夫、信号ごとにキスをねだったりはしないさ。
たぶんな!

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お気づきでしょうか……?
真弓は免許を持っていないため、車の中や運転の描写がフワフワだということを……
な、何とかイチャイチャはさせられました!
たぶん!

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