【ザ・コンサルタント】Rock-a-bye Baby【C/B】

ザ・コンサルタント(C/B)
まだデキてないけど、圧倒的にC→→Bのつもりで書きました。甘めです。

モニターに映る映像は風に揺れていて、あまり映りはよくない。
軍人墓地のCCTVはごく一般的な市民墓地よりもずっと数が多く、故障も少ないが、特定一箇所だけを監視するには向いていない。
それでも僕はパートナーのジャスティーンにその墓地の監視を依頼していた。
誰かそこを訪れる人間がいれば知らせて欲しい、と。
そして、今、モニターには一人の男が写っている。
「……ブラクストン……」
今日は父の命日だ。その墓に刻まれている名前はおそらく父の本当の名前ではないのだろう。
それでも彼は不名誉な死、それも息子である僕が理由でその死を迎えたのにもかかわらず、こうして軍人墓地に眠ることは許されている。しかし、大佐という地位に相応しい立派な墓を訪れる人間は少ない。
僕もここを訪れたことはなく、ただこうして色味の少ない荒い画面越しに見守っているだけだ。花を手向けるものだという常識は知っていても、そうしようという気持ちはあっても、できないでいる。
『新しいCCTVに入れ替えたようね。今年は音が取れそうよ』
電子音声のパートナー、ジャスティーンの声はいつもと同じ淡々としたもので、僕の言葉とさほど変わらないが、彼女の方が持っている感情は豊かだ。
言葉数が増えるとそれがわかる。僕を窘める時、いつもそうだからだ。
『流すわ』
ノイズが大きく、最初は何を言っているのか聞き取ることが難しく、僕は眉間に皺を寄せた。目を閉じた方が耳の機能は高まるということを聞いたことがあるが、映像を見逃すわけにはいかない。
彼は毎年。
父の命日に墓にやってくる、僕の、弟だ。

なあ、まだ見つからないんだよ。
もう四年も兄貴に会ってねえんだ……
俺の顔なんか……忘れちまってるだろうな……

掠れて聞こえるのはノイズのせいばかりでもないのかもしれない。少し上擦っているのは、弟が本当のこと、を口にする時の癖のようなものだった。
ブラクストン、そんなことはない。
僕がブラクストンを忘れるはずがない。どうしてそんな風に思うのか、僕にはわからない。
この状況には確かな理由があるのだということを説明すべきなのだろう。でも、それができない。
僕は大切な人達の傍にいてはいけない人間だからだ。
この声をずっと聞いていたいのに、言葉が悲しみに満ちていて落ち着かない。もうやめてくれ、ブラクストン。
ブラクストン。
僕は、おまえを守りたいんだ。
「俺はずっと……ずっとあんたの教えに従ってきたのに……、何で俺だけを一人にした……?」
どうして、と弟の声はすぐに涙声になり、墓石の前で膝を折って座り込んでしまった。
それからスピーカーに届くのは、かすかなすすり泣きだけだった。それもやがて強い風に邪魔をされてやがてすっかり聞こえなくなった。
ブラクストン、僕は口の中でひっそりと名前を繰り返し呼ぶ。
髪がずいぶんと伸びた。
僕が収監された頃合いで軍を除隊したのは知っている。それから、あちこちの軍刑務所を回っていることも。
僕は弟を、見守っているのだから。
それなのに、弟は毎年、ここで膝をついて泣き暮れる。
『……ため息だわ』
ジャスティーンの声に僕は何も言えずに黙り込む。十分に鍛えてきているはずの弟の体が小さく見える。
あんなに泣いては体の中の水分がすべてなくなってしまうのではないかと思うほど。
昔のブラクストンは僕よりもずっと強く、どんなことがあってもけして泣いたりはしなかった。母親が去った時も、僕のかわりに酷く殴られた時も。
それなのに、どうして。
弟は「普通」の毎日が送れるはずなのに、どうしてそうしないのだろう。
僕は泣いている人間に何をしてやればいいのかがわからない。遠く離れたモニター越しにできることはないにしても、だ。
ブラクストン。
僕は、おまえを忘れたりはしない。
だけど、おまえは僕を忘れた方がいい。
「……僕は大丈夫だ……」
何度も考えたことなのだ。
きっと、ブラクストンは幸せになれる。
頭が良い子だ。強い子だ。
だから、僕を忘れた方がいい。
「ジャスティーン、もういい」
その声を合図にモニターはふつりと切れた。何の音も聞こえなくなった部屋で僕は指先をタップさせる。呼吸が浅くなり、額にはじっとりと汗が滲む。
結果が出ないことが、苦手だ。
ブラクストンが幸せにならない限り、僕はずっとこの苦しみと付き合わなければならないのだろう。
早く、僕のことを忘れるべきなのだ。
それなのに、どうして。
僕は弟の気持ちが何も一つ、わからなかった。
涙の意味も。
僕を探す意味も、何もかも。

「……兄貴?」
ぼんやりとした視界に、息苦しさ。
目を覚ましたという感覚がないまま、体を起こそうとすると優しい声がかかる。
ブラクストンの声だ。
今日の彼は泣いていないようだ。
「ヘイ……大丈夫か? 少し……調子が悪そうだ」
うなされていた、という言葉を隠したのがわかった。彼は別の部屋で寝ていたはずで、何もなければ勝手に僕の部屋に入ってくることはない。
彼は僕が望まないことは何もしないのだから。
そう、彼は今、僕と一緒にいた。
「どうした……?」
そのことを僕は強く望んだわけではなかった。そうなればいいのに、とも願ってはいない。
僕はブラクストンを守らなければならないということと、彼に幸せになって欲しいと望んだだけだ。その事を彼に伝えると、少しの間、目を閉じて長いため息をついた。そして、ゆっくり目を開けた。
睫が長いんだな、そう思った。
それから瞳が大きくて、気付けばいつもそこは濡れていた。
そしてブラクストンはこう言ったのだ。

俺の幸せは、兄貴の傍にいることだ。
それしかない。

「ああ……」
だから、僕は今、ブラクストンと一緒に住んでいる。別に同居でなくてもいい、中古のトレーラーハウスを買ってもいいと言っていたが、僕は彼の為に部屋を用意した。
ブラクストンはその部屋を見て、昔は二段ベッドだったよな、とはにかんだように笑った。
そんな時でも彼の瞳は濡れていて、僕はその目を見つめ返すことができずに瞼を伏せた。
本当に、僕といることが彼の幸せなのだろうか?
とてもそう思えないまま、そう変わり映えのしない日々が過ぎていて、僕はこんな風に後味の良くない夢を見るようになった。
「うん?」
優しい声でブラクストンは促してくれるが、僕は結局どこからどう説明すべきかわからなくなってしまい、むっつりと口を噤んでしまった。
「今日は悲しい日……か?」
僕は小さく頷く。記憶や思い出があちこちに散らばっていて、波が寄せるように無秩序に集まってくる。それから逃れようともがいても結局は無駄になり僕はパニックを起こしたり、とてつもなく不機嫌になったりすることがある。
それをブラクストンは「悲しい日」「怒る日」「楽しい日」と、ラベリングするように言い表してくれる。楽しい日は弟と暮らすようになってから、少しだけ増えた。
僕は、幸せになった。
なってしまった。
だけれど、それがもし弟の犠牲の上に成り立つようなことだったとしたら、手放すべきだと思っている。
まだ、ブラクストンにそのことを尋ねてはいないが。
どうなのだろう。
「ハグで落ち着く?」
僕は頭を横に振った。
「……それじゃ、散歩は?」
次は「んんっ」と喉を鳴らして遮ってしまった。苛立っているわけでも、焦っているわけでもないのだけれど、言葉を見つけられないというのは、居心地が悪くて逃げ出してしまいそうになる。
ブラクストンはそんな僕の様子を少し首を傾けて見守ってくれていたが、しばらくしてゆっくりと柔らかい声音で話しはじめた。
「……なあ、兄貴が良かったらさ……親父の墓参りに行かないか?」
僕は言葉もなく目を見開いて、ブラクストンの方を見た。
「ん?」
ブラクストンは促すようなハミングをくれたが、僕にはすぐ唇を喉を動かすことができなかった。
まるで、頭の中を覗かれたような気がしたから。
いつもの言葉や所作のもどかしいところを拾ってくれるそれとは違っていて、完全に回路がつながったような、そんな風に思えた。
そして、それがとても。
心地良いと思った。
「行こう。少し遠い。準備もいる」
「ああ、そうだな」
ブラクストンはベッドから起き上がり、辺りを見回しスリッパを探す僕に、ほら足を貸せよ、と言ってクスクスと笑った。少し僕の足には小さい(良い履き心地のものが他に見つからないのだ)スリッパを履かせてから、もう一度こちらを見て、優しく微笑んだ。
「悲しい日?」
「……いや、少し……もう、違う……」
うん、とブラクストンは頷いてそれ以上を聞こうとはしなかった。俺も着替えてこようと伸びをして、どんな花にしようか、と言ってまた笑った。
その顔は、確かに。
幸せそうに見えた。
だから、僕は。
「ブラクストン」
「ん?どした?」
大きく息を吸い込んで、それからゆっくりと口を開いた。
「……ずっと、おまえに会いたいと思っていた」
そして、ようやく弟にはっきりと伝えることができた。あの日に交わした会話では何もかも足りなかったと後になって気がついた。
一週間後、再会したブラクストンはずいぶんと悲しそうな顔をしていたから。
そういえば、最近あの顔は見ていない。
「へへへ」
そのかわり、この僕の大好きな、笑い方をしてくれる。嬉しそうで、声も弾んでいて、機嫌が良いとわかるところが、僕にとっては大事なことで、同じく嬉しいことだった。
「……本当だ」
「嬉しいんだよ、兄貴。兄貴の気持ちがわかって、俺、本当に嬉しい」
ブラクストンは上目使いでそう言って、下唇を軽く噛んだ。
その表情の意味がわからない、と軽い咳払いで促すと、ブラクストンは少し顔を背けて、
「聞くなよ」
と、言った。
怒ったのかと思ったがそうでもなく、ただ、目の周りをさっきまでよりずっと赤くして、ばか、と呟くように言った。
その瞬間、胸がとてつもなくざわついたが、なぜなのか、どうすればいいのかわからず、僕は少し慌ててしまった。ここから父のいる墓地までは車でかなりかかるから、その間に、少しずつ教えてもらえるように努力しよう。
また、悲しい日になるようなことはなさそうなので。
ブラクストンは、今は、またこちらを見上げるようにして、微笑んでくれているから。
「……急いで準備しよう」
少し、早口になってしまったのは、心拍数が上がっているせいだと思う。
それにブラクストンは気がつくだろうか?
その理由を聞かれたら、僕はこう答えるつもりでいる。

僕は、おまえが笑っている顔を見るのが、好きなんだ。

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タイトルと内容が合ってないですね……
けど、ちょっと甘くて優しいものを書きたかったので……

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