※うちのジャスティーンはブラクストンのことを「バターカップ」と呼びます。
『王子様、あのことバターカップに聞いてくれたかしら?私、ずっと気になっているの』
今、モバイルはスピーカーになっている。ジャスティーンの声にブラクストンは眉をひょいと上げて車内の定点カメラに向かって手を振って、何のことだよ、とこちらに尋ねる。
『ハロー、バターカップ。ご機嫌いかが?』
「久しぶりに遠出したから、時差ぼけで眠いな」
ふあああ、とあくびをしたブラクストンは肘で僕の腕を小突く、真似をした。僕はこの話をブラクストンの前ではしたくなかったが、仕方がない。
これはジャスティーンの策略なのだ。
僕がなかなかこの件について原因を究明しないから、待ちきれなくなったのだ。彼女は結論を急ぐタイプだ。
「おまえの居場所は……ジャスティーンの力を借りて把握していた」
ん、ん、と喉を鳴らしてから話し出した僕にブラクストンは肩をすくめる。そうだろうと思ったよ、の顔だ。
「それで……」
怒っているのだろうか、と言葉を止めてちら、ちら、と弟の表情を伺って見るが特に変化はないようだ。僕はハンドルをぎゅっと握り締めて、続きを話そうとする。
『あなたがあまりにも車に乗らないから、探すのが大変だったのよ』
しかし、もたもたしているところをジャスティーンが続けてしまった。言いたくないことを口にするのは時間がかかる。
「ああ、俺、あんまり運転しねえんだ」
『苦手なの?』
「いや、全然問題ないけど、一人になってからは運転する必要がなかったっていうか」
一人になってから、という台詞に僕が眉間に皺を寄せると、気にしてないから、と笑顔を向けてくれる。気にしていないなんて嘘なのに、ブラクストンはいつもこうだ。
僕は少し安堵したが、話の続きは気になる。確かに、彼はかち合ったあの仕事の時も車を使った様子はなかった。リタの家から出て来た時も徒歩だった。
「仕事の時は迎えがいたし、プライベートで出かける時も誰かしらに運転させてたからな。電話で呼び出してな、だいたいどこへでも」
ブラクストンは当然のように言って、だって助手席の方が楽じゃん、と今もその位置で背もたれに体重を預ける。
『……ため息だわ』
ジャスティーンはお決まりの台詞の後、さらに追求を続けた。
『重たい荷物も持たないものね?』
「ははは、ひ弱みたいに言うなよ!」
僕は思わず車を路肩に寄せて止める。そしてハンドルを掴む力を強くした。
「ただ、そういうのをしたがる連中が多かったってだけさ」
『あらあら』
「なんだよ、ジェイ」
『王子様がご機嫌斜めのようよ?』
「おっと」
僕はそんなことない、と言うように顔を上げるが表情がどうにも動かない。ブラクストンは少し首をかしげてからスピーカーに顔を近づける。
「ヘイ、もうおしまいにするぞ、ジェイ」
『十分よ、バターカップ。すっかりわかったわ』
「そうだろうよ」
じゃあな、とくつくつ喉を鳴らし笑いながらブラクストンはモバイルの通話をオフにした。
そして、目をぐっと細めて僕のことをじっと見つめる。
「妬いたんだ」
勝手にそう決めつけたブラクストンに僕は首を横に振った。
「なんだ、残念」
「ブラクストン」
「ん?」
「もう僕以外の運転する車には乗るな。危険だ」
「はいはい」
「……ブラクストン」
「わかったってば」
早く帰ろうぜ、とこちらの顔を覗き込んでくるブラクストンに僕はようやく少しだけ、笑い顔を作ることができた。ブラクストンは僕との約束を破ったりはしない。
「兄貴だって、重い荷物持ってくれるだろ?」
「……ああ」
ほらな、やっぱり。
ブラクストンはそう言って嬉しそうにまた喉を鳴らして笑った。何が「ほらな」なのか「やっぱり」なのかはわからなかったし、
「愛してるよ、兄貴」
どうしてそれから「愛している」とつながるのかもわからなかった。だけれど、反論をする気にはなれなかった。
それはとても嬉しい言葉だから。
「機嫌直った?」
「ん……」
「よかった」
あとで、ジャスティーンとはじっくり話し合う必要があるが、今日のところは急いで家に帰ることを優先させることにした。
きっと家に帰った方が、もう少し上手に話すことができるだろうから。
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しつけの行き届いたボーイズたちが
やってくれたんですよ。
若い頃はなんか上の人がさ。