【ザ・コンサルタント】I hope so…【C/B】

みなさまの人気者なブラクストンを拝見して
私も!とはしゃいだ結果がこれです……

※同居済み/前のお話と関係ありません


父が言っていた言葉を覚えている。
弟、ブラクストンの才能についてだ。
『ブラクストンはおまえほど体は大きくないし、力には欠けるところもある。だがあの子は人の好意を引き出して、それを利用することができるんだ』
それは、理論を理解している私にも決してできないことだ。父はそう言っていた。それに人の心の動きがよくわからない僕にも到底できない。
確かにブラクストンはいつの間にか欲しいものを手に入れていた。そのうちのいくらかを僕に分けてくれたし、高価なものばかりでもなかったので「上手」にやっていたのだろう。特に野球カードは熱心に集めていた。
その「上手」なやり方がわからない僕には正しいか正しくないかもわからなかったが、父はその才能を「おまえの役に立つぞ」と言って喜んでいた。
でも、僕は。
あまり良い「才能」だとは思えなかった。
その考えは今でも変わらない。

僕の表の仕事が遅くなった時や遠出をした時、ブラクストンは必ず仕事場の近くまでやってくる。
前もって約束することはなく、僕がその日の仕事を終えモバイルを目にすると近くのダイナーやバーで待っているというテキストが入っているのだ。きっと「彼女」から情報を聞き出しているのだろう。
彼女も彼を「バターカップ」と呼び、気にいっているようだ。最初は険悪だったと記憶しているが、いつの間にか二人の間には僕の知らないやりとりが増えているようだ。
そのことよりも、僕はブラクストンが僕を待っている間に何をして過ごしているのかの方がずっと気になっていた。彼女の案内ならば、心配することないとわかっていても、だ。
弟は僕を出迎える直前まで必ず誰かとおしゃべりしている。
ウェイトレスやバーテンダーは当然として、ブラクストンと同じような印象を与える男たち、小さな娘を連れた母親、バイカー、学生グループ、着飾った女性達に老人など。その所属やカテゴリーは様々だ。
その誰とも彼は楽しそうに話を弾ませている。身振り手振りと表情で僕でも見誤ることはないほどに機嫌がよさそうなのだ。
それから、エグゼクティブ達だ。
今日は遠目でもそうとわかる男とバーカウンターで話しこんでいるのが、指定された店に入るなりすぐに目に入った。
額と額とが、僕が教えられて毎日気を付けるようにしている他人との距離間よりも近かったので、知り合いなのかと思い首をかしげた。しかし、これは前にも何度かあった光景だ。相手が女性である時もあるが、男性の方が4割ほど多い。
僕はそれをすべて記録してあるから、証拠としてすぐに出すことができる。
「ヘイ!」
入口の方を向いて座っていたブラクストンはすぐに僕に気が付いて、腰を上げるがこんな時、それを邪魔をするのがエグゼクティブタイプだ。この確率は他と比べて群を抜いている。
僕を無遠慮に見て(僕は目を伏せる)、それからすぐにブラクストンに向き直り、また何かを話し出すのだ。
するとブラクストンは笑顔でなだめはじめる。嫌そうなそぶりを見せることはまずなかった。
パターンは「また今度会えたらな」「すぐに行かないと」「楽しかったよ」などと優しげな言葉ばかり並べたてる。それでもしつこく引き止めるような相手には、耳打ちをして、頬などに触れたりもするのだ。相手の太腿のあたりに手を乗せることもある。
そして、体を離した後は片目をつむって、軽く手を振ってようやく振り切るのだ。
今日もまた同じことをやって、相手を良い気分のまま黙らせることに成功したようだ。
「おつかれ、兄貴!」
「……ああ」
僕はこんな時、いつも思うような声が出ない。満面の笑みでこちらに駆け寄ってくるブラクストンから逃げたくなる日もある。
なぜだかはわからないけれど、混乱するのだ。
僕に向ける笑顔と彼らに向ける笑顔の違いがわからなくて。
「今日で終わり?」
「……ああ」
おっと、とブラクストンはそこで質問を止めて、僕の少し後ろをついて歩くことにしたようだ。
僕は今日の仕事がきれいに仕上がった時の高揚感がすっかり消え失せてしまったことに苛立ちを覚えていた。
それはブラクストンのせいではない、と思う。
ただ、見知らぬ男がやけに熱心に弟のことを見つめていることに気付いた瞬間、どこかに行ってしまったのだ。
初めてのことではない。いい加減慣れなくては、と思う。きっとこれからもあることなのだから。
僕には人の容姿の良し悪しを判断する能力はないが、おそらく統計的にブラクストンの顔は「美しい」という分類には入らないと考えられる。
だけれど、男達は弟のことを魅力的な相手として見たり触れたりしているのだ。尋ねたわけではないが、行動のセオリーとして、映画やドラマで表現されているのと同じだから、気付くことができた。
「……何か気になった?」
車に乗り込む直前にブラクストンは少しだけ声を潜めて、尋ねた。僕は一度口を開いたが、すぐに閉じてしまった。少し時間を置いて、散らばった言葉を探さないと。
「どうして」
「うん」
「どうして、知らない人間と親しく話す必要があるのか、僕にはわからない」
仮に。仕事ならば、情報収集など、理由はあるのだろう。それこそが父の言っていた才能の使い方だと思う。
「暇つぶしだよ」
ブラクストンはそう言って笑った。テキストの受信時間を見てみろよ、と言われて確認すると今日のブラクストンはあのバーで3時間以上も時間を潰していたことになる。
なるほど、暇つぶしか。
僕はかなりの努力を要しながら、その方向で自分を納得させようとするが、まだ少しの混乱は残っているし、すっきりとしない。なぜか喉が渇くような気もして、落ち着かない。
「それに、感じが良い人間の話より、そうじゃなかった人間の話題の方が人の噂に上りやすいからな。万が一の予防線さ」
「……なるほど」
僕は今度は声に出して、納得の意を表した。ブラクストンは少しだけ困ったように眉を寄せ「乗って良いか?」と尋ねる。
僕は頷き、自分も運転席に乗り込んだ。
「……だが、あれではおまえに特別な好意を持ち、……探そうとする人間が出てくると思う……」
そして、エンジンをかける前にどうにかそれだけを口にした。ブラクストンは大きく目を見開いて、それからふうっと長い息をつく。
「心配いらないって。本気になりそうなタイプには声かけないようにしているからな」
「……わかるのか?」
「まあな」
弟は何てことないように言って、助手席の背もたれに体重を預ける。ちらりと伺った表情は笑っているのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、どれなのかよくわからない。
曖昧な表情は苦手だ。僕も眉間の皺を深くする。
「しかし、もし、好かれたらどうする?」
「あー……」
何なんだよ、とブラクストンはやや苛立ったような声でそう言うと、僕の方を見る。
「俺のことを考えることが無駄だと思えるぐらいに幻滅されるように振る舞うんだよ。友人達に俺とのことを愚痴るのも恥ずかしいぐらいにな」
質問は以上か?
僕がその問いに頷くと、ブラクストンは鼻を鳴らしてみせる。
怒っているのだ、きっと。
「……だとしても、あの、片目をつむるのはもうやめるんだ」
それでも僕はこの事を伝えなければ、落ち着くことができない。
「あれはいつも余計だと思う……」
僕は人の目を長く見ていることができないから、もし目の前の相手がそういう仕草をしていても気付けないだろう。それがブラクストンであっても。
それをよく知っている彼は、僕に向かって片目をつむって見せたりはしない。
「そ、そうか?」
だけれど、見知らぬ男達には当たり前のように、して見せる。
「おまえの目は大きくて、きらきらとしているから……」
だから、僕は、少しでも長く見ていることができればと思っているのだ。
いまだに、それが上手く行ったことはないけれど。
「お、おう……」
ブラクストンは顔を真っ赤にして咳払いをして、どうしてこういう話になったんだと、わめいた。でも頬は先ほど緩んでいて、笑っているようにも見えた。
今は怒っていない、きっと。
「あれをされると、……好意があがってしまう」
僕は、そう思えてならなかった。
「わかった、気を付けるよ」
「……そうするんだ」
「約束する」
「わかった」
これで決着がついた、とエンジンをかけたのに、まだ酸素が足りないような苦しさが残っている。
ブラクストンの言葉が少ないせいかもしれない。いつもは家に帰るまでずっとおしゃべりをしてくれるのに。
「……酒が飲み足りないのか?」
僕は、気を利かせたつもりだった。話題の転換もしたかった。
家には酒を置いていないが、もしブラクストンが望むなら彼の部屋に冷蔵庫を一つ買ってもいい。それなら好きな時に好きなように酒が飲めるだろうと考えた。
その提案を口にする前に、ブラクストンは舌打ちを返した。
もう一度「何なんだよ」と呟く。
泣いているような声だ、と思った。
「酒が飲みたかったんじゃない、あんたの帰りを待ちたかったんだ」
まるで、他人に言うようにその言葉は響いた。
「でも、もうしない。非効率だし、気になることが多いなら止めた方がいい、そうだろ?」
確かに僕は仕事場からブラクストンの待っているところに一度寄らなければいけない。彼が話す相手のことも気になる。ブラクストンの時間も無駄になる。
ブラクストンの言っていることは正しい、そう思った僕は「そうだな」と、答えた。
でも、ひどく、胸が痛かった。
ブラクストンが悲しんでいるのが、表情を見なくてもわかった。でも、僕も同じぐらい悲しいと思っているのだけれど、伝えられない。
「さあ、帰ろうぜ。もう遅い」
「……」
僕は、迷路から抜け出したくて、やはり必死に言葉を探すしかなかった。
ブラクストンが喜びそうな言葉。
「……ドライブにでも、行くか?」
いつか見たか、読んだかした本に載っていたフレーズだと思う。僕の言葉ではない。
「本当に?兄貴とドライブ?!」
ブラクストンは声を裏返して驚いた後、マジかよ!最高じゃん!と歓声を上げてくれた。
それから、ブラクストンは「海が見たい」と言った。僕はこの州に海がないことを知っているし、ブラクストンもそうだろう。
「冗談だよ」
だから、すぐにそう言って、山の上に行こうと笑った。
「……わかった」
ブラクストンはこんなに喜んでいるのに、この州には海がない。
彼は僕に向けて片目をつむってはくれないし、これから僕を待ってくれることもない。
僕は、彼に触れることもできない。
僕以外の人間なら誰でもできるのに。
僕だけが上手にできない。
「……?そっちに行くのか?」
僕は彼の言う街の灯りを見下ろすことのできる山の方ではなく、ハイウェイの方へとハンドルを切った。
「……海に行こう」
今の僕にできることを考えると、これしかなかった。明け方までには海辺に到着するだろう。
「ありがとう、兄貴……俺、めっちゃ嬉しい」
良かった、と僕は小さく呟いた。ブラクストンは上機嫌に鼻歌を歌いながら、モバイルで地図を検索している。「彼女」を呼び出しているのかもしれない。
僕にできることは、このくらいだ。
それでも、彼は僕に向けて片目をつむってはくれない。

僕の好意に気付いてくれない。

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みなさまの人気者なブラクストンを拝見して
私も!とはしゃいだ結果がこれです……
えっと、次はちゃんとラブなの書きたいです!

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