【ザ・コンサルタント】Alternative Suggestion【C/B】

まずは軽めのご都合設定のC/Bから書いてみました!
※同居済み


時計の針は十時半を少し過ぎたところを差している。兄貴がルーティンの訓練を終え、シャワーを浴び、出てきたのだろう気配を感じながらも、俺は自室から出ることはなかった。
二人で暮らすための家はかつて兄貴が住んでいた家よりも間取りが多い。大きな居間があるのも、前との違いだと言う。慣れるのに時間がかかるという宣言通り、しばらくストレス負荷が大きかったのだろう、寝不足だと宣言する日も多かった。
だから俺は普通の人間のように居間のソファでくつろぐことはしなかったし、特に用事がなければ自室で過ごすようにしていた。まずは兄貴が慣れてから、自分はそれに合わせる。それでまったく問題がない。
それに対して息苦しさを覚えることも、不満もない。
本当に。
「……兄貴?」
しかし、兄の方はその俺の言葉を信じていないのか、何度も同じことを聞いた。不便や問題はないか、と。
いや、彼は疑うとかそういう感覚で尋ねているんじゃないんだよな。どうにか、俺の気持ちを考えようとして自分に重ねているのかもしれない。こんなに自分はストレスを感じているのに、弟は大丈夫なのだろうか?と言う風にな。
まあ、それも俺の希望的観測の一つかも知れないけれど。
「……ブラクストン」
しかし、今日はいよいよ様子がおかしい。俺の部屋の前で気配を消さず、ずっと黙って立ち尽くしたままだった兄にたまらず声をかけると、少しばかりほっとしたようにも聞こえる声が返ってきた。
俺はゆっくりと扉を開けた。入るか?と促すと、ここで構わない、と言われる。
いつもならそれに従ったが、目を伏せたまま少し体を前後に揺らしているところを見ると、そう簡単な話だとも思えない。
「兄貴の一番落ち着くところで話そう。な?どこでもいいから」
「それなら、居間で」
「居間?」
大丈夫なのか、と首をかしげると唇をぎゅっと引き結んだ兄が頷くので、彼の意志を尊重することにして、後に続くことにした。
手触りと素材を吟味して買ったソファとクッションが兄の落ち着く場所になったのだとしたら喜ばしいことだ。
「俺はどこに座れば良い?」
三人がけのソファはこういう時に難しい。彼一人なら真ん中に座るだろうけれど、二人で座るにはバランスが悪い。
俺は別にフローリングの上に直に座っても構わないし、兄貴に任せたい。まだ、同居を許されて日が浅いものだから、距離を常に計っている。頭の中は常にOKかNGかの判定場になっている。
「中央に」
「オーケイ。兄貴は?」
「僕はここに立っている」
「……なるほど?なんかお説教みたいだな」
ははは、と笑って見せると兄は違う、と即答してさらに落ち着きがなくなってしまった。違う、違う、と三度繰り返し体を揺らしている。
「ごめん、余計なこと言った」
「ブラクストンは悪くない」
「そうかな?」
「そうだ」
どうやら余計なことは言わずに彼に任せた方がよさそうだ。彼なりに順を追って説明したいことがあるのだろう。筋道を見つけるのは彼にとって少し苦手な作業なのだ。
俺は最高の座り心地のソファの真ん中に陣取り、兄貴の準備を待つことにした。
「……ブラクストン」
「うん?」
それから数分の後、ようやく兄が口を開いた。
「毎日必ず身につけておくものは、持っていないのか……?」
前置きのわりに大した質問でもなく拍子抜けしたものの、彼にとっては大切な事柄なのだろう。
俺は二、三度、頷いてから口を開いた。
「特にないな」
理由は、俺が兄貴とは正反対で服も時計もバッグもとっかえひっかえにしているからだ。このセーターならこの時計、スーツならこっち、と組み合わせは色々だ。靴だって、ここに持ってきた時に兄貴が目を見開いて驚いた数持っている。サングラスはダースで持っていると言うのは内緒にしておこう。
「……」
しかし、この答えは兄の望むものではなかったらしい。むつりと口を閉じて、次の言葉が出て来ない。
「どうした?」
理由を聞かせてくれれば、俺が対処法を探れる。座ったところから上を見上げるようにして問いかけると、兄は意を決したように、しかし、小さく口を開いた。
どうやら、彼の中でも葛藤のあること、らしい。
配慮なのか、それとも俺に都合の悪いことなのか。ひやりと背筋が冷えた気がしていたが、俺はどうにかにこやかな表情を崩さず、先を促す。
「GPSと盗聴器はどこにつければいいのか……ずっと考えていたんだ」
「お、おう」
ずっと様子がおかしかった理由が、まさかそんなことにあるとは思いも寄らなかった。
「……おまえを危険から守るためだ」
少し面食らったせいで雑な相づちになってしまったのを「不快」のサインと受け取ったのか、兄は早口でそう言い訳(のつもりなのだ、これでも)する。
「わかってる。わかってるよ、兄貴」
普通、ならば激怒してもいいところだ。どちらも完全なプライバシーの侵害で、居場所だけならともかく会話もすべて聞こえるようになるというのは、普通で考えれば恐ろしいことだと思う。
まあ、俺だってどうかと思ってるんだぜ、これでも。
だけれど、俺と兄貴の間には空白の10年があって、その隙間はまだ全然埋まっていないのだ。まだ何もかもが足りない、そういう漠然とした不安や焦りが俺の中には留まっていて、この兄貴のアイデアが「良いものかもしれない」と思えたのだ。
聞かれて困るようなことを話す相手もいないわけだし。
「ピアスとか、イヤーカフなら……毎日つけてもいいけど?」
「駄目だ」
それは当然考えたが、と兄貴は続ける。
「一般的に男性は両耳にピアスをするものではない。左右対称にならないものは好ましくない」
「3つは?」
「バランスが悪いし、多すぎる。僕はそういうのは見たくない」
というか、見られないが正しいな。
盗聴器まで仕掛けられて、目を逸らされ続けるのはたまらない。
「うーん、そうだなあ」
俺は大仰に腕を組んで、考えてますよ、のアピールだ。
「……」
兄は不安を滲ませて、眉間に皺を寄せている。GPSがなかったせいで、俺の交友関係を把握できなかったせいで、俺を守ることができなかったらどうしよう、とでも考えているのだろう。
10年も放っておいたくせに。
居場所は把握していた。
その堂々巡りの口論はなるべく避けたい。すでに三回しているんだ。口論と言ってもすぐ「すまない、ブラクストン」と目を伏せてしまうものだから、居心地の悪い不戦勝が続いている。
それなら、今度は俺が兄貴を安心させてやる番だ。俺だって兄貴とはもう喧嘩したくないのだから。
「じゃあ、指輪はどうだ? バランスは左右対称じゃないけど、一般的だから見慣れているだろう?」
兄貴は俺の提案に、ぱっと表情を明るくさせた。まあ、微妙な変化だから見逃す人間がほとんどだろうけれどな。
「指輪、な?」
俺は左手の方をひらひらとさせた、もちろん意図的に。
「そうだな、そうしよう」
「こっちなら、パンチの邪魔にもならないしな」
「おまえは左が弱い」
「まあな」
じゃあ、メリケンサックにでもしろよ、と言いかけた言葉をぐっと飲み込んで、俺はにやっと笑って見せた。
「……ブラクストン?」
「ン?」
兄貴は少し首を横に傾けた。
「嬉しいのか……?」
そして、どうしてなのかを問うように一瞬目を合わせてくれた。
「ああ、とっても」
だから、もっとわかりやすい満面の笑みを返す。
「そうか」
ほっとしたのを見届けた俺は、すぐにいつもの「愛してるよ、兄貴」を続ける。
「”俺も愛してるよ、ブラクストン”」
「ああ」
そうだ、と頷いてくれた兄貴の頭の中はすぐに「GPSと盗聴器を仕込んだ指輪」でいっぱいになったのか、ベースメントに新しく作った作業スペースへ向かった。
もう、俺が居間のソファで座っていることも、忘れてしまっているだろう。おやすみ、はできそうにない。
まあ、今日のところはこれで良いとしよう。一つ大きいストレス要因が減ったのだ。
いつかこのソファに座って、一緒にくつろぐこともできるかもしれない。
「……左手の指輪の意味を知らないわけでもないのにな」
俺はにやけた顔をどうやっても戻すことができず、予約が入ったぞ、と囁きながら薬指の付け根にキスをした。
とんでもないデザインだったら、やり直しを要求するかもしれないが。
まあ、とりあえずはお手並み拝見だ。
「愛してるよ」
どこにいても、そう告げる事が出来るのは良い事だ。
それが盗聴器の本来の役割でなくても、光栄だと思って欲しい。俺はそんなことを考えながら、ソファでうたた寝をすることを決め、ごろりと転がった。
目が覚めるのがこんなに楽しみな夜は久しぶりだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です