Blonde Thory, Cowboy Logic (サイト再録済み)の続編。
MP22で配布したペーパーより再録。
つながらない電話に苛立つことにいつまで経っても慣れない。
一晩だけのお相手や、クラブで目配せするだけでファック出来た相手といわゆるステディな「恋人」との違いの大きさに元ビッチ、現遅咲きの恋を成就させて半年ほどの中年男、ショーン・ビーンは最初は驚き、やがて苛立ちを募らせ、悲しくなったり、自棄になりそうになったりしながら情緒不安定な日々を送っていた。
恋人、であるヴィゴ・モーテンセンは大英博物館で働く美術史の研究家だ。彼の仕事が実際どういうものなのかよく知らなくても、企画展示を背負って世界を巡回することもある、というのは理解しているつもりだ。彼の職場の通りを挟んで向かい側に職場兼住居を構えているのだから、当然と言えるだろう。
つまり、今、恋人はここにいない、ということだ。
手元には彼のスケジュールがファックスで送られてきている(変更があればすぐに)、いつ帰ってくるのかもわかっている。電話だって基本的には毎日かかってきてはいたのだ。こちらからはかけていなくても。
だけれど、ここ一週間は展示会から離れ、辺鄙なところ(携帯の電波が通じないような僻地だ)にフィールドワーク(だか何だか知らないけど!)に出かけているので、まったくまったく連絡が取れなくなってしまったのだ。
「また、戻ったら電話する」だとか「愛してるって言ってくれたら録音するのに」なんてことは言っていたし(結局、録音はさせていない)、そもそも彼が出かけてから、一度もこちらからは電話はかけていないから苛立つ資格などは欠片もない。
ないのだけれど……。
昨日は友人でありまともな恋愛の経験者であるシャーリーズとダイアンにぶちまけて、返り討ちのお説教を食らったばかりだから余計に心がとげとげしていて、癒やしの場所である店を早めに閉じてしまった。
今日も開ける気にならず臨時休業の張り紙をした。どうせ雨の日に来る客は少ない。
隣の店のドムとビリーには「これだから道楽者は!」と怒られたけれど、知るもんか、とショーンは膨れ面でずっと外を眺めていた。
窓際に椅子を持って行き、スコッチの瓶とグラス、手元には読みたかった本を用意してはいるが、一ページも読み進められてはいない。
ぼんやりと、観光客と学生がひっきりなしに行き交うグレイトラッセルストリートをもう何時間も見ているけれど、店の電話も、携帯も、鳴らない。
雨も止まない。
時折視界が曇るのは、理由もなく、流れる涙のせいだ。
ヴィゴと寝るようになって、と言うと彼は訂正するだろう。ショーンもこの通り、寝るだけの相手と、恋愛関係にある相手との違いを思い知らされることになった。
ともかく、彼とだけ、セックスをするようになってから、こんなに放って置かれたのは始めてだ。毎晩、とまでは行かないが、キスは必ず毎日していたし、ただお互いの体を寄せ合って、高め合うことは二日と置かなかった。
だから店に没頭して、一人寝に慣れていたショーンの体はすっかり、元通りの欲しがり、に戻ってしまっていたと思っていたのだが、実際のところ、また違うものに、作り変えられてしまっていたようなのだ。
昨日もそうだったが、街中でいくら良い男を見てもまったく反応しなくなってしまった。おいしそう、とすら思えない。ヴィゴより整った顔の男も、若い男も、それこそ最高の体を持っていそうな男を見ても、まったくだった。
目を閉じれば、あのぎざぎさの歯で笑う彼の顔が浮かんでくるし、むっちりとした厚みの胸板に頬をすり寄せたいと思う。ペールブルーの目が好奇心に輝くのを見るのを横から覗き込むのが最近の気に入りだ。
彼の膝の上で本を読むことも増えた。買い出しに日曜市場に行く時は彼が荷物持ちをしてくれる。食事をしながら、足を絡めあって、爪先を踏む。
そんな遊びをすることを知った。
言葉はなくても、目だけで会話出来る様にもなった。
そうしたら、一人でいる時に、体の熱を持てあますなんてことはなくて、ただ、ただ、寂しくて仕方がなくなってしまった。
涙は拭っても拭っても追い付かないから、そのまま。
夜になって熱いシャワーで流してしまうまで。
だから、客商売など出来やしないのだ。たいした愛想が必要としない店だったとしても。屋内にいたら、雨のせいにも出来ない。
「ヘイ、ベイビー……泣いているのか?」
何の気配も感じなかったところに、突然、人の声がした。
ショーンはその声をずっとずっと待っていた。
だけれど、聞こえるはずがない、声だった。
「……え……」
しかし、にわかには信じられなかった。いい年して泣きすぎたせいで、目をどうにかしてしまったのではないか、と思うぐらいには信じがたい光景だった。
そこには、出かけた時よりかなりくたびれたように見える、ヴィゴが大きく腕を広げて、立っていたのだ。それも身、一つで。
「ええと……」
ヴィゴはショーンの反応が思ったものではなかったようで、どうしよう?という様に首をかしげた。
「……上司から、無理矢理呼び戻されてな……?」
サプライズとか、そういうつもりではなくて、と説明しようとしたヴィゴを、ついにショーンは遮った。涙も拭わず、本が落ちるのも構わず(本当にそれは今までありえないことだった!)駆け寄った。
「どうやって!」
感動的な再会なら飛びついて抱きしめるところだが、ショーンは違った。ヴィゴの胸ぐらを掴み、これから一発殴ってやる!ぐらいの勢いで顔を近づけて、にらみつけた。
ヴィゴもそれには驚いたようだったが、すぐにそんなショーンの目がぐずぐずに潤んでいることに気づき、うん、と小さく頷くとそのまま、ごめん、と返した。
そして、はからずも「降参」したようになっていた腕をゆっくりとショーンの腰の後ろに回した。もちろん、喉元には力のこもった拳があるのだけれど。
「緊急用の衛星電話があるんだ」
遭難するようなところではなくても念のために持たされた、とヴィゴはいくつかの説明をくれる。
ひとつひとつ言葉を句切るごとに、優しい手の平が背中や腰、太股をさすってくれるので、ショーンはようやく自分がどれだけ間抜けなことをしているのかに気付かされた。
路上の喧嘩でもないのに、と固めていた拳をゆっくりとほどき、深呼吸を二回の間にその手をヴィゴの背中に回すことが出来た。キスをくれ、と言葉にも出来ず、睨むような表情も変えられなかったが、恋人というのはそんな時、気がついてくれるものなのだという。
ヴィゴは「ああ、わかっている」と言いながら、震える唇に、彼のそれを重ねてくれた。そして、優しく抱きしめながら、ゆらゆら体を横に揺らし、良い子、と耳元で囁く。
「許さないから……っ」
四十を超えた男の出す声でもなければ、言葉でもない。
「……ああ、そうだな」
それなのにヴィゴは愛しいもの、を見つめる目でこちらを見返して、優しく微笑む。舌先で唇をたどり、鼻先同志をくっつけて、もっとわがままを言って欲しい、と囁く。
わがままなんて、いつも言っている。
これ以上のわがままなんて、ろくなことにならない。行かないで、と言ったところでどうなる?恋を知ったからと言って依存関係になるつもりはない。
寂しさを覚えるのと、それとは話が違う。
きちんとわかっているから、彼のいないところで泣いていただけだ。見せるつもりはなかったのに!
「おまえのことしか……愛せなくなったんだ……。責任取れよカウボーイ!」
すでにスウェットの下は大変なことになっている。一呼吸ごとに吐く息が欲情に染まっていくのがわかるし、ちゅ、ちゅ、なんて音を立てるようなかわいいキスではどうしようもない。舌を噛むぐらいの激しいキスをくれないと、今ここにヴィゴがいるということを信じることが出来ない。
「ベイビー、あんたの殺し文句は最高だな」
にやり、と片頬を上げて少しだけ皮肉屋の表情を作ったヴィゴだったが、胸ポケットに入れていたセルラーの電源をオフにして、愛してるぞ、と今度は歯を見せた子供のようなくしゃっとした笑顔を見せてくれた。
ハンサム、らしさはなくなるが、それはショーンの気に入りの表情だったので、返事の変わりにそれこそ子供がするような、甘酸っぱい、頬へのキスを送った。
大人の時間は、これからだ。
その合図に。
*** *** ***
ショーンは仰向けになったヴィゴの腰のあたりを跨いで、膝立ちになると、まず彼の右手の人差し指と中指を口に入れ、舌を這わせた。
はじめはあえて遠慮がちにして見せてはいたが、すぐにその動きは大胆になり、溢れる唾液で濡らしていく。
下半身の熱さはすでに制御できなくなっていて、ショーンは質量を増し、熱くなった自分のペニスをヴィゴの筋ばった太股にすりつけていた。
「……ん…ふ……っ」
それを見てただただ横になっているだけというわけにもいかないヴィゴが、その指を動かしはじめる。歯列をなぞり顎の裏側を指先でこすられるとそこが性感帯の一つだと言わんばかりに、ショーンはたまらず腰をくねらせた。
目尻を欲情に真っ赤に染め、溢れて手首を伝っていく唾液を追いかけるように、舌を走らせる。そんなショーンに、仕事に追われ、ろくに気を休めることもなかったヴィゴが煽られるのは当然だ。
濡れた手をお預けするように、彼から遠ざけると、ショーンは不満そうに目をすがめたが、すぐに濡れた唇をぺろりと舌でなめ回した。
「……あ……っ」
ヴィゴはその手をそのまま、ショーンの後ろへと滑らせる。そこは、濡らす前から熟れているように、指先を迎え入れた。軽い条件反射となっている、そこのぬるみは彼の経験によるものだったけれど、さすがに今日は少しだけ、きついように感じた。
「……笑うな……」
「……いや、予想外で」
嬉しいよ、と笑ったヴィゴは、すぐに、泣くほどの寂しさだけを味合わせたのかと思って胸を痛めた。
ただ、ごめんと言う言葉はショーンの唇に封じられてしまったので、表には出ない。
だから、早く。
そういうあおりだったとしてもそこにショーンの優しさを感じ、ヴィゴはありがとう、と言葉を変えた。
「横になって」
そう促すとショーンはまた不満そうな顔を作って見せたが、すぐに吹き出す。怒ったふりも、主導権を取ってしまいたいふりも、体の欲求と温もりと愛情には勝てない。
何でもいいから、ヴィゴが欲しいという欲求と、ヴィゴが求めるようにしたい、という献身がせめぎ合ったが、ヴィゴから追い打ちをかけるようなキスで、腰が砕けてしまった。
アイ・ラブ・ユー、とキスの後に囁かれたら、とどめを刺されたも同じだ。
殺す気だ、とショーンはにやりと笑い、ヴィゴが体を起こすのと入れ替わるようにして、仰向けに寝転んだ。
ヴィゴはクスクス笑いで愛の告白に答えたショーンの太股を大きく開かせる。これ以上なく煽られた、ショーンの大好きなモノは十分に固く、準備は出来ていた。
先端のぬるみを追いかけるショーンの指先に苦笑いしつつ、
「あ……っ」
その間も与えず一気に挿入した。
やはり入り口はまだきつかったが中は驚くほど熱い。言葉と態度以上に待ちわびていたかのように迎え入れる。気を抜くとすぐにも持っていかれそうで、ヴィゴはぐっと奥歯をかみしめた。
まるでそれだけで達してしまいそうな反応だ。絞り取られるというか、飲み込まれてしまいそうな感覚に背筋が震える。
「ショーン……、ああ……っ、くそっ……」
思わず悪態をついたヴィゴにショーンは猫のように喉を鳴らして喜ぶ。かわいい、と思わずこぼした言葉に、ヴィゴも苦笑するしかない。
それなりに自信があったのに、と軽口を叩くと、ショーンは俺も、と返す。中年が過去の肉体関係に嫉妬していては幸せには到底なれない。
だから、ジェラシーのかわりに、愛している、と続けた。
すると、少しの間をおいて、
「……俺も、愛してる……」
と、ショーンがふわりと微笑んでくれた。
殺す気はどっちだ、と言いたかった。
「あんたと……出会ってから、心臓が忙しい」
最初は余裕ぶっていたが、今では形無しだ。それこそ、初恋のように浮かれている。ショーンには見せてはいない顔だが、独占欲もたっぷりあるし、どうしようもなく焦ることもある。もっともっと愛情を伝えたい、と。
彼に愛してもらいたい、と。
「俺もだよ……」
だって、
「……おまえに作り変えられたんだから……」
ショーンはそう言って、さらに、膝を大きく開いた。
「……ん……ふぁ……っ」
それを合図にヴィゴは腰を前後に動かし始めた。知り尽くした、とはまだ言えない(半年ではとても足りない!)ショーンの良いところを探るようにゆっくりと動き、やがて激しく腰骨をぶつけるほどの勢いで抜き差しをくり返す。
「ああー……っあっあっ……!」
ヴィゴ、ヴィゴ、と名を呼ばれて、身をよじられて、愛していると言われて。
嬉しくない男がいるはずがない。
「うっ……っ、はぁっ……っ、はぁっ……」
ショーンの足を腰に絡ませ、ぐいっと覆いかぶさるようにすると結合がずっと深くなり、ショーンは思わず両手を伸ばす。空を切ったそれをヴィゴは自分の背にいざなってやる。
爪を立てろよ、噛んでもいいぞ。
そう促されながら、どこかに落ちていってしまいそうな焦燥感と嵐のような快感にショーンは必死にヴィゴの背にしがみついた。
腰は宙に浮いてヴィゴを求めて激しく揺れる。
「あっ、あっ、あっ……っ」
ヴィゴはその食われそうな締め付けにぐっと歯を食いしばる。じっくり、一晩かけて交わるようなセックスもいいが、思いがぶつかり合ったようなこんな時は、勢いに任せて何度も何度も果てるのがいい。
頭を振って、腰を跳ねさせ、言葉も紡げなくなってきたのか、あまりの「良さ」に我を忘れかけているショーンを正気にさせるため、ヴィゴは彼の太股をパン、と音が鳴るぐらいに叩いた。
そして、彼のひざがベッドについてしまうほど体を折り曲げさせて、クライマックスへと動き始めた。
広い部屋中に響く粘着音、獣のような息遣い。
「ヴィゴ……っ、ヴィゴ……ぉ!」
言葉にはならなくても、名前は呼べる。そんな状態で、舌をのぞかせキスをねだる恋人にヴィゴは噛みつくようなキスを返してやった。
どちらが自分の舌で唇なのかわからなくなるほどからませる。
「んっ…っ!」
背筋に電流が走ったような感覚があり、瞬間。
「……あああああっ!」
目の前が真っ白になった。
ショーンは体中から全部ヴィゴに持っていかれるのではないかと思うほどの衝撃を受けた。ヴィゴもこのままショーンの中に残されてしまうような彼の貪欲さを感じた。
時が、止まったかと思うほどの充足に、二人は同時に、長い、長い息をついた。
「……ああ、くそったれ……幸せだ……」
悪態をつくように言ったヴィゴの言葉に、ショーンは同意したが、とても声が出せるような状態ではない。しかし、すぐにヴィゴに顔を覗きこまれ、目で伝えることが出来た。
ああ、本当に幸せだ。
愛してるよ、ヴィゴ。
帰ってきてくれて、ありがとう。
*** *** ***
シャワーを浴びて帰ってくると、ヴィゴが台所にまだなみなみと入っていたスコッチを全部流し終えたところだった。
「何だよ、もったいないだろ?」
別にもう必要ない、とは思っていたがショーンは一応理由を尋ねようと、そう声をかける。
「スコッチ程度に俺のかわりが勤まると思えないしな?」
ヴィゴは肩をすくめて、酒は楽しく飲むもんだ、とぽつりと呟いた。友達と飲みに行け、ということなのだろう、ショーンも素直に頷いた。
寂しいと思えば、隣の二人を連れて飲みに行くのでもいいし、サッカー仲間と地元に応援に行くのでもいいのだ。ただ、本当に、彼と一緒に過ごすようになって、初めてのことだったから。
「……まあ、確かに役立たずだった」
動揺したんだな、と、ようやく気がついた。
「だろ?」
ヴィゴは生乾きのショーンのブロンドを指先で優しく梳いて、額にキスをくれた。
「俺からも、たまには……電話するよ」
「ああ」
言葉はそれで十分、と言うようにヴィゴは甘ったるさがしたたり落ちるような顔で笑い、愛している、と口だけを動かした。声にすると逃げ出すとでも思っているのだろうか?
大丈夫。
ベッドの外でも、そろそろ言えるようにならないと、と思っていたから。
「……俺も、愛してるぞ?」
まだ不器用さの残る語尾のアクセントにヴィゴは片目をつむって、それから『仕事に戻りたくない!』と、ショーンの知らない言葉で、わめいた。
わからなくても、何となくのニュアンスが分かったショーンは、ちゃんとしなさい、とでも言うように頭を撫でてやった。
恋をすると、愛情を示す表現が本当に色々あるのだと思い知らされる。指先が触れあうだけでも十分な時があるのだから、不思議だ。
「……雨が上がったから、一周、散歩をしないか?」
晴れ男、と頬にキスをするとヴィゴは当然、というように胸を張る。
大英博物館の大きな敷地の外周はゆっくり歩けば、結構な時間を過ごせる。ショーンはオーケイ、と頷いて、デートだ、と歯を見せて笑った。
その顔は初めて見たかも、と同じくらい嬉しそうに笑ったヴィゴは、もう一度、『仕事に戻りたくない!』と喚いた。
格好悪い台詞を聞かせないようにする、そんなところがたまらなく好きだな、と思いながらショーンは少しだけ、おしゃれな、ヴィゴが好きそうな服を選びにクローゼットの方へ、向かった。
その足取りが、彼が来る前とまるで違う、雲の上を歩いているように軽くて思わず声を立てて笑ってしまう。いぶかるヴィゴには手を振って、ああ、幸せだ、とショーンは心からそう思った。
恋が魔法みたいだなんて、今まで誰も教えてくれなかった。
でも、確かにこれは、魔法だ。
そう思った。