“I LOVE YOU” Tom/Phil #Thorne

140223 FreePaperより

SOHOの中でもとびきり過激なクラブの前に、大男が立っていた。傘を差し、もう一本を手に持っている。
フィル・ヘンドリクスはそれが誰かを知っていた。警部のトム・ソーン、十歳ほどの年上のかつての親友だ。
かつて、というのは今の関係が親友というものからずいぶんと形を変えてしまったからだ。過去の事件を原因として一度は完全にこじれて、ソーンが頭を下げた格好で、仕事に支障はない程度の交流は取り戻した。それで、そのままの関係が続けば何の問題もない、はずだった。
しかし、困ったことに彼はこの関係がより良いもの、別の形になることを望み始めたのだ。フィルはついに彼が陰惨な事件に関わり過ぎて気が狂ったのかと最初は思った。
「なんだ、ソーン。事件か?」
フィルはスコットランド・ヤードに所属する検屍官だ。昔は生きた人間相手の医者もやっていたが、たくさんのピアスにタトゥー、それからオープンリー・ゲイである彼はその世界ではあまりにも生きにくかったのだ。死体は偏見でものを見ない、何も見えていない。
オフにはこうしてクラブに通って、十分に楽しむことが出来たのでそれで良かったのだ。
「雨が降ってきたから……」
しかし、最近は少し事情が違ってきていた。タクシーを呼ぶことが出来なくなるまで飲んだことなど、一度もないというのにこんな風に迎えに来たりするようになったのだ、鬼警部と言われることもある、コミュニケーション能力低い、エゴの塊のような一人上手の男が、だ。
雨が降ってきた、なんてロンドンで毎日のように使える言い訳を携えて。
「おまえの勘違いに俺を利用するなよ……」
ある日を境に、ソーンの目に「欲情」が見え隠れするようになってきた、とフィルは気付いていた。元々、こちらがゲイだと聞いても煙たがることはなかったし、わりと距離が近く、ボディタッチも自然だった。
とは言え、とは言えだ。
「……違う」
フィルはきつい煙草に火をつけながら、話を続ける。傘を渡されても持つ気はない。濡れてもかまわない、と思っただけなのに、ソーンは嬉しそうに自分が差していたものをこちらに差し出してきた。
フィルはあまりのことに言葉を失いそうになりながらも、医者らしく頭の中で彼の状況を整理する必要があった。
最近彼は母親を亡くした、これが一番大きな変化要因だ。父親と同居を初め、犯罪被害者の息子をしばらく自宅で預かっていたが(坊やはなぜかソーンにもソーンの父親にもなついていた)、事件解決とともに手放したのだ。これが第二の要因。
普通の人間なら、もう少しわかりやすく泣いたり、わめいたり出来るのだろうけれど、ソーンにはそれが出来なかった。極端に友人が少なく、人望があるわけでもない。有能ではあったが人間としてはあんまりだからこんな時頼れる人間がいないのだ、フィルを除いては。
親友だった頃なら、もう少し優しく接してやれたかもしれないが今は違う。気晴らしになるだろうから、何度か寝てやったが、こんなことになるとは思わなかったのだ。
「ただの依存だ。おまえみたいなイカれ野郎の相手が出来るのが俺ぐらいだから」
だからこれぐらいきつく言わないと、気がつかないと思って「親切心」で言い放つが、ソーンに答えた様子はない。同僚や部下、上司にも見せることがない笑みを浮かべ、悪びれもせず頷いた。
「依存の何がいけない。おまえがいないと頭の整理もできない」
実際、先日の事件を解決するのにフィルは検屍官でありながら、捜査本部で同席し、現場でも連れ回された。それは別にかまわないと思ってはいるが、他の人間の話を一切聞かなくなってしまうのだ。
まさに依存だ、とフィルは呆れかえるほかない。
「開き直るなよ」
ふうっと煙を顔に吹きかけられても動じることなく、ソーンは真顔でこう続けた。
「……愛してる」
もう何度となく聞かされているが、フィルの答えは決まっている。
「黙れ、ヘテロ野郎」
それでもソーンはその長身をこちらに寄せてくるし、キスが欲しいように見つめてくる。
「最近じゃおまえにしか反応しない」
普段言わないような下品なことも言ってはみるが、様にならない。フィルは小さく舌打ちをして、仕方がないな、と半ば諦めた心地で傘に入ってやることにした。
「……まあそのでかいのは俺も気に行ってるけどな……」
長い間、親友をやっていたせいか、一緒にいることによる弊害はだいぶ少ない。それどころかセックスの相性はいい。ステディだと思われては困るが、ソーンはそうあるべきだと思っているようだ。
そんなことはどうでもいい、フィルはもう一度顔に煙を吹きかけると、コートの上から彼の股間をまさぐるようにしてやった。
「……フィル……」
馬鹿だな、そんな切羽詰まった顔するなよ。
フィルは片頬をあげて笑うと、行くぞ、とソーンを促した。
かつての親友は、それはそれは嬉しそうに、もう一度意味のない、やたらと甘いだけの言葉をくり返した。
「愛してる」
そうかい、それはどうも。

2 comments

  1. 有井 より:

    こんにちは、始めまして!
    (本当は初めましてではないのですが…
    ツイで何度かお話させて頂いてると思います、
    でも自分のツイハンドルを忘れてしまったので;
    改めて始めましてです。)

    最近豆に再熱してしまい、サイトやブログにお邪魔させて頂いてます。
    そしたら真弓さんが刑事ソーンをかいてらっしゃる…!!
    あまりにも嬉しくて興奮したので、コメントを書いている次第です。
    検索サイト様で何度もソーンと検索しても出て来なかった、
    読みたかったものがここに! うわー!

    ソーンって本当にコミュ力皆無、人間としてあんまりあんまりですよねえ。
    真弓さんがここで書いてらっしゃるとおり、フィルとしか
    人間としてちゃんと接することが出来てない気がします。
    そんなソーンに依存されて流されちゃうフィル、萌えます…!
    きついことを言って煙草の煙をトムの顔に吹きかけるところ、
    リアルに想像して悶えました〜。
    フィル、ちょっと性格きついところがセクシーですよね!
    慰めるためなら結構簡単に寝てあげそうですよね…!
    わー萌える!

    フィル役のエイダン・ギレン氏、
    豆と一緒に『ゲーム・オブ・スローンズ』にも
    出演してらっしゃったじゃないですか?
    実はあれでのネッドとリトルフィンガーの絡みに萌えて
    (マイナーすぎますね)豆に再熱したんです。
    それで『ソーン』を観て、萌えて、
    二次を探してさまよっておりました。
    真弓さんがお好きだと言う『BLITZ』にも悪役で出てましたよね!
    あとは最近、出世作の『Queer as Folk』でのゲイ役を見て
    むちゃくちゃ萌えました。
    (あと、大きな声では言えないですが、
    エイダン氏と豆の英語スラも見つけて萌えました。豆受でした。)

    えっと、長々とすみません!
    読みたかったカプのSSを読めてすごく嬉しいです、
    ブログに再録して下さってありがとうございました!

    • itsucky より:

      こんにちは!(またツイのハンドル思い出されましたら、おしゃべりしてくださいませv)
      わーい、刑事ソーンで感想いただけるなんて、嬉しいですーーvvvもうあの身長差に萌えて、フィルのハスっぱなところに惚れて、もうフィルしか見えてないソーンが印象的でドラマしか見ていないんですが勢いで書いてしまいました!毒をたっぷり吐きながらも、寝てくれちゃうんですよ、フィルは!原作の邦訳は1冊しか出ていないし、なかなかハードルは高いんですが、またこの二人でお話書いてみたいです♪

      GoTのリトルフィンガーとネッドで豆再燃ですか!おお、私はついつい過去妄想ばっかりしてたんですが、ありですね!わあ!(目からウロコ)次はその視点で見直してみます♪英語スラは全然読めてなかったのですが、中の人スラッシュもあるんですねー、ワクワク!やっぱり世界は広いなあv
      エイダンと言えば、シャンハイ・ナイトの華麗な剣捌きも大好きな私ですv

      まだまだ豆受けでは色々書いていきますので、また覗いてみてやってくださいね!
      これからもどーぞよろしくお願いします!

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