CURIOSITY KILLED CAT

Prrson of Interest PREPARATORY ISSUE
リース×フィンチ

■■■ Finch’s View

冬の始まりを告げるのは何だと思う?

「何を突然言いだすんだ、リース君」
面白い質問とは思えない、淡々とした口調ながら言外の「呆れている」という感情もしっかりと含めてフィンチは逆に問いかける。返事が欲しいと思ってのことではなく、彼の問いには答えないということの代わりだ。
「俺は、風だな。風向きと、それからにおいだ」
しかし、ジョン・リースという男はこんな時、実にマイペースだった。強い拒絶や怯えには敏感な男だったが日常会話については、非難でもされない限り、自分の言いたいことを言いたいように相手に告げる。それは、悪党相手にもそうだったし、一応のところ協力関係にある刑事達を前にしても変わらなかった。
そして、自分に対しても、同じだ。
もう十分冬の気配に満ちていて、すっかり冷え切った日中の空気の中、セントラルパークに呼びだされてまでされる質問ではないと思ったフィンチだったが、彼の言い分を聞かないというわけではない。何のつもりだ、と思いはしたが彼のペースに任せた。
ベンチに隣り合って腰かけていても、ぱっと見て「知人」同士には見えないぐらい、自分とリースは「種類」の違う人間だった。わかる人間ならわかるだろうそれぞれのスーツの仕立ては良いものであったから、同じ「階層」に見えるかもしれない。それに、リースの方はまっすぐ前を向いているだけの自分と違い、何度もこちらを伺うように視線を投げるものだから、数秒眺めてさえいれば顔見知りなのだろうことはわかるが、やはり雰囲気はまるで違うのだ。
その違いが周囲に漂い、気付かれるようではいけない。あくまで自分達二人はこの世界に存在してはいないし、誰にも認識されるべきではない。
だからあまりリースの持論の講釈が長く続くようならば、場所を移ったほうがいい。フィンチは無表情のまま、ぼんやりとそんなことを考えていた。
その時だ。
「……ほら、風だ……」
リースがその長い腕を伸ばし、ふっと宙を指差したのは。
フィンチにまるでそのつもりはなかったが、無意識にその動きに誘導されてしまい、リースの指が差す方へと視線を向けてしまった。
そこには、小さなリスとその一回り大きなリスが木の上で木の実を囓る姿があった。
「……何がおかしい」
ぽかん、といささか間抜けな表情を見せてしまったかもしれない。まさか彼が小動物を指差すなどとは思いもよらなかったし、会話の流れとしても論理的ではなかった。彼は冬の訪れの話をしていたはずだろう、とフィンチは大人げないながら、不機嫌を声に出してしまう。
「今、あんたと同じ景色を見たぞ?」
しかし、リースはまるで堪えた様子はなく、相も変わらずマイペースだ。
「……そんなにリスが珍しいかね」
フィンチもこんなことぐらいで目くじらを立てるつもりはない。眼鏡を指先でそっと押し上げて、呆れたように肩をすくめるに留めた。
「いや……」
そんなフィンチを見るジョンの目は穏やかだ。そして口元に手をやってはいるもののこらえきれない含み笑いが漏れている。
「同じ物が見られて嬉しいのさ……」
彼は最近、こんな風に返答に困る物言いをすることが増えてきた。だからフィンチは当然、先ほどと同様に返答をしない、という選択肢を取る。今回は、無言、という手段で。
「……」
ジョン・リース。
フィンチは彼についての有り余るほどの資料を集めた。公式、非公式、手に入るだけのものはすべて、と言っていい。彼が軍人として歩んできた道、CIA工作員として進まざるを得なかった方向、結果的におざなりになってしまった人間としての生き方、すべてに目を通して決めたのだ。
彼ならば、自分の計画の助けになる、と。
彼ならば、機械のように動くだろう、と。
マシン【機械】を創ってしまった、その行為がもたらした苦悩に今現在もずっと苛まれているというのに?
「なあ、フィンチ?」
フィンチは、目線だけをリースに流し、ゆるく首を横に振った。その話の続きはない、という合図だ。
「残念」
それでもリースは堪えた様子もなく、ベンチの背もたれに体重を預け、目を細めて遠くを眺めた。
「君が、そうして手を変え品を変え、私についての情報を聞きだそうとするのには、いっそ感心するが……」
今日の会話に他意はなかっただろうが、あえてフィンチは誤解をしているように見せた。
日に日に彼はこちらのパーソナルスペースを浸食してくる、それについて一度警告を発した方が良いと思ったからだ。
ノックはしない、椅子が空いていれば当然のように座り、PCにだって当然のように、触れようとする。他人のものに触れることにまったく躊躇しないのだ。
職業病かとも思ったが、どうにも好奇心のままに知りたがっているようにしか見えなかった。確かに、とフィンチは内心で自分の思考回路に相づちを入れる。
自分には秘密が多すぎるし、莫大な資金もある。マシンについてもどういう「システム」なのか、リースには伝えていないままだ。
しかし、リースが知ろうとしているのはもっと別のもの、のような気がしてならなかった。
「それは、……後悔からなのか?」
自分から遠ざけることで、かつての恋人を守れる、と思ったこと。
遠ざけたことで結果的に彼女を失うことになった、こと。
彼の中には暗く重い後悔が折り重なって、膿のように溜まっている。それは時折、表面層に発露して、彼から人間性を奪うのだ。
そんなことがくり返されれば、彼はいったいどうなってしまうのだろう、という不安の種は少しずつ養分を吸って芽生えを待っているような気さえしている。
「私も……すべてを救うのは無理だということを、納得するまでには至っていない」
だからと言って計画を止めるつもりのないフィンチは、言葉を慎重に選ぶ必要があった。感情の起伏は、少ない方がいい。目的はシンプルで、深入りはさせない。
ルールはさほど難しくない、そうだろう?リース君。
「……慰めてくれているのか?フィンチ」
ただ、この通り、噛み合わない会話に終始することも、珍しくない。あえてリースの方で深刻にしたくなくて、はぐらかしているのだろうが。
「それは、ずいぶんな見当違いだと思うが……」
まあ、それでも良いだろう、今日のところは。
フィンチは言葉を濁して、リースの欲しいだろう答えを選ばせることにした。リスの親子はいつの間にか姿を消し、冷たい風が少しずつ強さを増してきていた。
冬のはじまりのことなど、考えたことはなかった。
ただ、キーボードを打つ指先がかじかんで動きがにぶり、思考回路の邪魔をするようになってからその寒さに気付くということは何度となくあった。
その時、指先を温めたのは「親友」のいれてくれたコーヒーの入ったマグカップだったか。
「俺を必要としてくれる人間は、多かった」
思い出、に袖を引っ張られかけたところで、リースの声が低く、掠れて、耳に届いた。
「……そうだろうとも」
そこからは言外の意味がいくらも読み取ることが出来た。
フィンチがその内の一人になった、ということ。
ジョン自身、そのことに多少の自負と誇りを胸に抱いていたのだろう、ということ。
それから。
「……私の計画にも、君は都合が良かった。それだけのことだ」
彼を必要としたの同じ人間が、それ以上の人間達が、彼を不要としたのだ。この世から消し去ってしまいたいと願うぐらいに。
「……そうだな、フィンチ」
そのことをよく知っているからこそ、フィンチは気の利いた優しい言葉など、紡いでやることはできないと、少しばかりきつい言い方を選んだ。
モノのように扱われ、怒り出すような単純な男ならば、迷いが生じることもなかったろう。
彼もまた機械として、マシンと同じように扱えば良かったのだから。
だが、今はそれが難しい。
「……その通りだ……」
少し声を落とし、先ほど彼が「同じ景色を見た」と言っていたところより、ずっと遠く、見えない何かを追いかけはじめたような目線に、フィンチは押し殺したようなため息を漏らし、俯いた。
彼は、何を知ろうとしているのだろう。
それが、彼自身の存在理由でないことを、今は密かに祈るばかりだった。

人には、開けてはいけない扉もあるのだ。

 

■■■ Reese’s View

自身の持っているポリシーや矜持、生き方や目的に潔癖であればあるほど、時には人にきつく当たってしまうこともある。自分を律する厳しさを、他人にも求めてしまうケースもあれば、自分の考えが理解されない、という思い込みのせいもある。
それとは別に、もう一つ、理由があるとすればだ。
それは、拒絶だ。
こちら側に来るな、という警告とも言える。
「悪かったな、冷えただろう」
「このスラックスの素材は見事なものでね。雪でも降ってさえいなければ、十分に暖かい」
だから、心配は無用だ。
フィンチの言葉は語尾にこの一フレーズをつければ彼の意図に添ったものになる。テリトリーと秘密と思い出と、あと他にも何か、それを守ろうとするために必要なフレーズだ。
しかし、根が善人であればあるほど、他人を拒絶すること、潔癖を貫くことそのものがストレスとなり、後悔を呼んでしまう。
今がそうだ。公園でのやりとりを気にしているのだろう、頬が強ばっているだけではなく、会話もずいぶんと白々しい。そんな風に服の素材を自慢する必要がどこにある。
リースは微苦笑を浮かべながらも、ブランケットをそっとフィンチの膝にかけた。必要ない、とまたも拒絶を示したがこんな時は気付かないふりをするに限る。
少しずつ、フィンチの色々な表情が見られるようになったとは思っているが、彼の持つ顔をすべて見たわけではない。どこかには財産に相応しい家を持っているかもしれないし、お抱え運転手も形式上どこかに、幾人かいるだろう。もちろん病院にも何らかのカルテはあるはずだ。
そのうちいくつが「この」ハロルド・フィンチ名義なのかはわからないが(それについてはゼロに限りなく近いはずだ)、それでも彼は彼にとっての唯一の武器であるところの頭脳の中に、いくつもの個性を同時に存在させているのだ。
その世界のどこか一つでも、彼が本来の彼らしく生きる場所があればいいのだけれど、今のところその可能性はかなり低い、と思っている。
「……リース君」
フィンチは渋々、と言った様子ですぐ傍に椅子を引いて座っていたリースの方へと顔を向けた。ほぼ間近と言って良い距離で凝視されてはさすがに居心地が悪そうだ。
「なんだ、ハロルド」
年齢は多分、自分より十ほど上だろう。しかし、彼の目は時に絶望を見て、時に希望を見る、その繰り返しの中、まだ輝きを曇らせてはいなかった。
大きな、その瞳は少年性を残しているようにも見え、純粋な「大切なもの」をリースに思い起こさせた。醜いもの、歪んだものを出来れば見せたくない、そう思わせるきれいなもの。
もう、十分過ぎるほどに目の当たりにしているだろうけれど、じっとその瞳を見つめるたびに、そんなことを考えてしまうのだ。
もう、十分じゃないのか?
後は俺に任せて、目を閉じていてくれ。
そんな風に。
だからさっき、子供じみた真似をしてでも、当たり前の日常の当たり前の景色を、共有したかったのだ。
リスがいてくれて良かった。そうでなければ、鳩が近寄ってくるまで待たなければいけなかったところだった。
「……用事がないなら、今日は番号も出ていない。休んでくれていてかまわないんだが……」
廃図書館はそれなりに広い。何もこんな近くにいなくたって、というつもりなのだ。だけれど、先ほどのことがある、と遠慮して強く言えないのだと思う。
「なあ、フィンチ。あんたはどんな顔をして俺の服を選んでいるんだ?」
それに気付いていながら、リースはその場を離れずに話題を変えることにした。今度もまたどうでもよいような話で、フィンチが答えなくても困らない話題だ。
「別に、普段と変わりはない」
なるほど、とある意味で予想通りの返事にリースは片方の頬をくいっと上げて、二、三度頷いて見せた。
これ以上、やくたいもない問いかけを続けるとさすがに本気で機嫌を悪くしてしまいそうなので、おさめようと思ったその時だった。
「……リース君。君はいつか、見たくないものを見ることになるだろう……」
いつも生真面目な話し方をするフィンチだったが、その声は少し異質に響いた。
硬くて透明な、しかし他者の介在を許さない鋭さ。
そんな声にリースはぐっと目に力を入れて、フィンチの様子を伺った。近付き過ぎたことへの戒めならばいくらも受けるけれど、心の扉を閉ざすつもりならば足先をねじ込んででも思い留まらせるつもりだ。
引きずり込んだのは、あんただ。
「地獄はいくらも見た」
リースはゆっくりと立ち上がり、フィンチの背後に立つ。肩に両手を置きたいところだったが、そこまでの距離をまだ詰めてはいない。
「あんたと一緒に見る地獄なら、それもまた良いものだと思うよ」
そうではない、と抗議の声を上げかけたフィンチが拳を膝の上で握りこむのがわかって、リースはデスクに手をついた。デスクとリースの間には小柄なフィンチがすっぽりと入り込んでいるような格好だ。
少しの怯えと警戒が、肌のどこも触れていないのに腕の裏側や胸の辺りに伝わってくる。
あんたにとって、俺もまた機械だ。
それで良い。
「……俺達はずっと地獄の入口に立っている」
それは悪魔ゆえなのか、悪魔に魅せられたゆえなのか、それはまだわからないでいるけれど。
リースはこれ以上、フィンチの警戒を高めないように、ゆっくりと穏やかに眠る大型動物のような呼吸をくり返し、いらえのない男の耳元で囁くように続けた。
「あんたには大切な人が多すぎる」
命のぶらさがっている番号。
それから、思い出。
「……俺が守るよ。あんたが俺にくれたものにはそれだけの価値がある」
そして、未来だ。
「……リース君……」
私は……。
その続きはいつまでも経っても聞かれなかった。顔を覗き込むことはしていないのでフィンチが今、どんな顔をしているのかはわからない。
しかし、腕の中のとげとげしい何かはいつの間にか消えていて、肩の力もようやく抜けたようだ。
「腹が減ったな。何か買ってくる……今日はマシンも昼寝中なんだろう」
リースはもう一線、内側のテリトリーに入り込もうかと逡巡したが、今日のところはこのあたりで一度、距離を取ることにした。せっかく同じ「景色」を共有した瞬間があったのだ。その色が褪せてしまわぬように、努力することも必要だ。
「リクエストは?」
「君に任せる」
間違いが少ないからな、と冗談めかして言ってもフィンチの表情はさほどかわりが見られなかった。しかし、いつの間にか強く握り閉められていた拳は緩んでおり、手慰みにマウスを無駄に動かしている様が拙くて、リースは珍しく、声を出して笑い、フィンチからの抗議がある前に、その部屋を出て行った。
見たくないものを見るかもしれない。
それは、こっちの台詞だよ、ハロルド。

「あんたはその時、どんな顔をするのかな?」
驚くのか、それとも予想通りと納得するのか。
リースはそのどちらでもなければいいのに、と願いながら、近い未来のことについて、これ以上考えるのはやめよう、と首を横に振った。

その時、あんたの傍に
俺はいるのだろうか?

 

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