!Co’mo te quiero!

121229 発行 無料配布より、再録
RPS Viggo×Sean


それが何度目のことであっても、十年以上続けていることでも、いつだって恋人の家の呼び鈴を鳴らす時には緊張してしまうものだ。大きく深呼吸をしてから押す時もある、逆に勢いに任せてからいらえがあるまでの間、首筋に鳥肌を立ててしまうぐらいに怯えている時もある、それすら出来ずにあたりをうろうろと歩き回ってしまうことだってある。
それはとても褒められたことではないのだけれど、この感覚にはどうしたって慣れない。今日も相当に愉快(というよりも大はしゃぎと言えるだろう)な時間を旧友と過ごし、久しぶりに顔中の筋肉を全部使っての大笑いをして、浴びるように酒を飲んで、十分気分が良い状態だったはずだ。
それでも、今、指先はひんやりしていて、ごくりと喉は生唾を飲み込んだ。
五十を過ぎて、様々な褒め言葉を色々な方面から頂いていたとしても、俳優ヴィゴ・モーテンセンは、そこにアーティストだったり写真家、詩人と付け加えられてもなお、どうしてもこの瞬間だけは一生に一度の儀式のように緊張してしまうのだ。
じりりりり……と外には低く響くベルは少しばかり古めかしい。ロンドン、ハムステッドの奥まったところにある、このあたりのタウンハウスはどれもちょっとした由緒のある建物ばかりだ。だからパイプの配管工事一つをとっても替えの部品の取り寄せに考えられないぐらいの時間がかかったりする。
そんな話も、あんな話も、この扉を開けてくれるはずの恋人から何でも聞いた。言葉数は多い方ではないし、話が上手いわけでもない。ただ淡々とぽつりぽつりとヘンゼルとグレーテルが落としたパンくずのように大切な言葉を少しずつ紡いでくれるのだ。
ヴィゴはそれを全部、一粒ずつ拾い上げれば良かった。
「こんばんは」
正確に言えば四十二秒後に、ヴィゴの心情としてはゆうに五分ぐらいは待たされたような感覚を経て、扉は開かれた。そこにあったのは少しだけ気取った挨拶と、柔らかくて暖かい微笑みで、それだけでヴィゴは天国の扉が開かれたような心地に舞い上がってしまいそうになる。
もちろん寝起きや二日酔いの不機嫌そうな顔も悪くはなかったが、やっぱり彼はこうして笑っているのが一番にスイートだった。
ショーン、小さく大切な人の名を呼ぶ。
十数年前に出会い、それから友情を育み、やがて秘密の恋人同士になった。まったくフィールドの違う俳優で、あの大作で出会わなければ一生出会うことはなかったろうと思うと、運命のファンファーレは顔を合わせたあの瞬間に鳴り響いていたのだろうと思うのだけれど。
彼にもそれは聞こえていたかな?
それが何年経っても、何度キスを重ねても、不意に胸の内にわき上がって来る不安の種だったりするのだ。もちろん、ショーンにはそんなこと、尋ねたこともない。
「入れよ。一応それなりに人目もあるんだ」
しばらく手を引いていたパパラッチ達も頻繁に遊びに来ていることは聞いている。逆鱗、というのに触れてしまえば怒ることもあるショーンだったが、それ以上に騒ぎ立てることはなく、外から見れば何だかんだと共存しているようにも見えた。
今夜尋ねて行っても良いという許可は少し前に得ていたので、きっとそういう邪魔者がいないということをショーンは知っているのだろうと思う。
仮に見つかったとしても、超有名な共演作のネームバリューと、その前日冒険譚の公開が間近というタイミングもあり、コマーシャルに利用されることはあってもスキャンダルにはならない。
「……ああ、知ってる。だから、今日の馬鹿騒ぎには不参加だった。」
ヴィゴは五十を過ぎたオトナ同士のわかりきった前提を理解していたが、あえて素直に不満を口にしてみた。ニュージーランドにいた時から、自分とホビット達との馬鹿騒ぎに彼は滅多に参加しようとしなかった。仲が悪いとか、嫌っているというのとは少し違う。
ただのマイペース、それが皆周囲に好意的に受け取られるほどに徹底していただけのことだ。
「恨み事は言わないって約束したろう?」
前に来た時より観葉植物の鉢が一つ増えている。玄関すぐ近くの床にそのまま放り出されているガーデニングの本にはいくつかの付箋が貼ってあって、そうして春を待っているのだろう。放り出された運動靴、雨の日が多く出番を待っている日の方が多いだろう自転車、特別に整えられているわけでもなければ、ものも少なくない。しかしそれほど雑多に散らかっているように見えないのは、ショーンらしさをあちこちに感じるからかもしれない。
それにイギリス人の家はたいていものが多いと相場が決まっているので。
「ドムがむくれてた」
「あいつとはしょっちゅう会ってる」
そんな風にあちこちを確認しながらの間抜けなブラフは当然のようにあっさりかわされた。
一応のところ初耳なんだけど、と眉を顰めて見せてもショーンは肩をすくめるだけだ。しかし、ほんの数秒後にその肩を揺らして笑い出す。含んだ笑いから、いつもの少しだけ高くなる楽しそうな笑い声、それが福音に聞こえるのだ。
少なくとも自分には。
なあ、ショーン。あんたはどうだ?
「笑うなよ」
そんな風に考えながらもわかりやすく膨れ面をしておけば、あまり深刻にならずに済む、ヴィゴは少しずつ動揺が広がっていることに内心で驚きながら、会話を続けようとしたのだが、ショーンからは思いも寄らない言葉が返ってきた。
「……十年以上が経ってるのに……変わらず嫉妬してくれるから」
言外に嬉しい、と言ってくれているような気がしてヴィゴは思わずその場に立ち尽くしてしまった
「ショーンは?」
どんな顔をして良いかもわからない。
「だからインターネットはしないのさ」
すがるように響いたかもしれない声にショーンは肩口から振り返り、にっこり微笑んだかと思うと手を伸ばして、ヴィゴの額を指先で軽くつついた。
「少し酔いを覚ませ、頭の回転が悪いぞ」
はは、ともう一度短く笑うとショーンは少し呆けたような顔で立ち尽くしてしまったヴィゴをリビングに促して、そのままキッチンへと向かった。
ヴィゴは思った以上に飲み過ぎてしまっていたのかもしれない、と緩く頭を振って言われるがままにリビングに向かい、勝手知ったる我が家のように当然のようにソファに腰かけた。
「なあ、ショーン」
ショーンが言った言葉の意味を考える。いや、考えなくてもすぐに理解し、あそこではキスをするのが正解だったのだ。インターネット上に溢れる自分の写真の隣で笑っているのは、最近は若い女優ばかりだったのだから。
共演者に嫉妬を?
とは、思うけれど共演がきっかけでこんな関係になった当事者だ、油断は出来ない。ただ、それを入れたら、とても収まりが付かないほどの嫉妬に疲弊してしまうだろう。だから、お互いに、お互いのニュースはそれほど熱心に探ろうとはしない。
でも。
「どうした?」
ヴィゴは右の手を緩く握り、そのまま胸にぎゅっと押し当てた。何もなっていないのに、そこから血が流れているかのようにズキズキと痛み出した。
視界にはしっかりと薬缶を火にかけているショーンの背中が入っている。渋めの紅茶を入れてくれるつもりなのか、最近マシンを買ったばかりというエスプレッソを飲ませてくれるつもりなのかはわからない。
ただ、彼はこちらに背を向けていた。
「こっち向いてくれよ」
だからこんな風に、情けない声が喉をついて出てきてしまうのだ。まるで駄々をこねる子供と同じ。
「ん?」
顔だけ軽くこちらに向けてくれたショーンだが、ヴィゴの言いたいことがよくわからないのだろう(当然の話だ)眉をひょい、とあげて続きを促した。
「オープンキッチンにしよう」
そうしたら、顔を見ながら待つことが出来る。
古い家だから改装が無理なのはわかっている、だから、違う、そうじゃないんだ。
ヴィゴは声に出せない葛藤を押さえ込むように頭を抱えこむ。
「背中を見てると……」
しかし。
言っていいものか迷いがありながら、抵抗する気持ちもあるのに、解放されたいが為にヴィゴはその格好のまま、ずっと抱えていたものを吐き出してしまうことにした。
「……あんたと初めてしたキスのことを思い出して、苦しくなるんだ……」
ショーンはゆっくりと振り返って、首をかしげた。何のことを言っているのかわからない、ということではないと思う。ヴィゴは、おずおずと顔をあげたところでそれを目にし、たまらずそのまま体を横に倒してしまった。胸の痛みが久々に尋常ない、と思わせるもので、それはけして薬などでは治らない痛みだから、だ。
「まだ、気にしてたのか……」
ショーンは手を止めてゆっくりこちらに近づいて、それから指先でそっとヴィゴの前髪をかきあげた。目を見せて、というようにこちらを覗きこみ、額をそっと合わせてくれた。覚えてるぞ、と囁く声にヴィゴは情けないな、と深いため息をついた。
ショーンは否定も肯定もせず、ゆっくり顔を離すと横になったままのヴィゴのすぐ横に腰を下ろした。膝枕をしてくれるつもりらしい、とわかったのでヴィゴはその優しさに甘えてしまうことにした。拗ねた甲斐があったのか、今日のショーンはとても優しい。
口にしてしまうと今度はショーンがへそを曲げるので、口は閉じたまま。
大丈夫?のキスが降って来るのを待つ。
だけれど、頭の中では、あの日のことをゆっくりと思い出しはじめていた。
***   ***   ***
はじめはもっとフィジカルな関係に終始すると思っていた、正直なところ。
男というのは下世話なもので、少しでも自由が制限された時に感じるストレスをセックスで発散しようとしたがる。それは動物的本能だとかかしこまった言い方をしても、ペニスで考えると吐き捨てられたらそれまでだ。
だから、長いトレーラー生活が続くうちに少しばかり浮ついたおかしな気分になってしまうのは仕方がないことだ、と思っていた。良いこととは思わなかったけれど。
しかし、だ。
「……寒くないか?」
まさか、同僚かつ同世代かつ同性。
つまり男性俳優に対してそんな風な気持ち、端的に言えば欲情を覚えるとは、予想もしていなかった。
「ああ、大丈夫だ。ヴィゴは体温が高いな……」
暖かい、とはにかんだ笑みを浮かべるショーンにヴィゴは自然に目を細めて、同じように微笑みかけた。これ自体が少しおかしなことだということに、この時は気づいていなかったのかもしれない。
撮影中、緊迫したやりとりがいくらあっても、彼は「カット!」の声がかかると、すぐに元の彼自身に戻る。だから、シーンの影響を受けなかったし、アメリカ人の友人は初めてかもしれない、なんて嬉しいことを言ってくれたし、さらに言うならきれいな翠の瞳にはちょっとした尊敬の色が混ざっていた。
だから、正直なところを言えば、気分が良かったのだ。一緒に過ごしていても、演じていても、こんな風に酔いつぶれたような格好で一つの狭いベッドに横たわっていても。
「ショーンは柔らかそうだ」
「言うなよ、本当にPJには困ってるんだから。これ以上太ったら娘に嫌われてしまいそうで」
「あんたを嫌うなんてありえないよ」
それに太っているんじゃない、ふくよかなんだと耳元で囁くのがどんな行為なのか、わからないわけでもなかったはずなのだ。
でも、何度も目が合って、反らされて。こちらが見つめていると、頬を染めうつむく。二人で飲もうと誘えばそわそわし出す様を見ていれば、気分の良さというのが更に高揚して別のものになってくるのも仕方がないような気がしたのだ。たとえば、瞬きの音が聞こえるぐらいまで近くに顔を寄せるとか。
冷たくなった鼻先をくっつけ合って、笑い合うとか。
唇に、
「……あ……」
唇を寄せるとか。
「ん……んん……。」
ちゅ、ちゅ、と初めは様子を見るようなキスをくり返し、それから彼が少しも体を後ろに反らさなかったことを確認し、その不本意ながら大きくなってしまった体をしっかりと抱き込む。狭いベッドの中で、お互いの息づかいと、上がっていく体温、それから明らかに芯を持ちはじめている部位。
答えは一つだった。
何てことだ、俺は友人に欲情している!
そんな一瞬の懺悔など、甘ささえ感じるショーンの口腔を味わっているうちにどうでも良くなってしまったのは、やはり仕方がないことだったのだろうと思う。
本能的に腰が揺れ、お互いのものがこすり合わされるような格好になれば、ショーンもまた同じように反応してくれているのがわかり、それがゴーサインと同じものに見えたのだ。
離婚歴のある男の舌使いとしては、おずおずとしていた初心さが残っていたが、そこがまた自尊心を十分過ぎるほどにくすぐってくれた。背中をかき抱くように腕に力を込めれば、彼からも同じように強く抱きしめてくれた。臀部を強く掴んでも、彼は大きく抗わなかった。
それに、彼は……。
「ヴィゴ……っ、ヴィゴ!」
こちらの名前を呼んでくれたのだ。それは勘違いでもなく、酒のせいでの過ちでもない、それを肯定してくれたもので、切羽詰まった掠れた声に、ヴィゴはかっと頭の後ろが沸騰しそうなほど熱くなるのを感じた。
後はなし崩しのはずだった。
彼のスウェットが先走りに濡れて、色が変わってしまっているのが目に入り、ジーザス!と思わず感嘆の声を上げてしまうまでは。
男の征服欲というのはあからさまにすると、こうまで醜く、相手に嫌われてしまうものなのか、とヴィゴはすぐに教えられることになった。
ショーンの体が、石化の魔法でもかけられたかのように強ばったのだ。
突き飛ばされこそしなかったが、湯気が出そうなほどに熱くほてっていた頬もすうっと色を失い、一瞬にして蒼白になり、艶も失われた。
それから、ごめん、となぜか彼が謝罪の言葉を口にして、そのまま寝返りを打って背中を向けてしまったのだ。
そのままでは気持ち悪いだろうのに、ここから飛び出して逃げてしまいたいだろうのに、彼はそうしなかった。
「……ショーン?」
小さくかけた声にも、小さく首を横に振るだけだ。
その背中から発せられるのは余りに強い拒絶だけ。触るな、声をかけるな、話題にするな、忘れてくれ、それが声もないのに千本の矢になって突き立てられたヴィゴは、小さく呻いた。
しかしそれにもショーンは身じろぎ一つしなかった。
彼はこの撮影のため、それからおそらくはヴィゴのため、自身の感情を殺したのだ。だから、彼は何事もなかったように、同じベッドで休んでいるのだ。
何も、なかったのだ、と言うように。
***   ***   ***
「……それでも、あの時、背を向けられた理由がわからなくて……」
その、デリカシーがなかったことは認める、とヴィゴは今更ながらの謝罪のポーズで両の手の平をショーンの方に向けた。
「……そうだな……。」
ショーンは膝の上に乗せたヴィゴの頭を子供を寝かしつける時のように優しく撫でながら、その時のことを懐かしむように、柔らかく微笑んだ。細められた目から届く視線もあたたかく、ヴィゴの目尻にはじわりと涙が滲む。
それにも気付かれて、恥ずかしいと顔を背けることも出来ず、指先で拭われる、というなすがままになった。
「あの後、一度撮影を離れたろう?」
夜が明けて、予想した通り、ショーンはまるで何もなかったように「おはよう」と爽やかに笑った。一緒に食事をして、たまにお互いのトレーラーやホテルの部屋で夜を明かしたりして、当たり前のように、変わらず過ごした。
外から見れば、何も変わっていないどころか、より親密さは増した、と思われたろう。
「ああ……」
しかし、その頃のショーンには少しの厄介事があった。三度目の離婚に向けての話し合いがくり返し行われていて、撮影のさなかではあったが、一度帰国を余儀なくされたのだ。
「で、戻ってきたら突然」
ヴィゴはこう言ったんだ、覚えてるか?とショーンは尋ねる。ヴィゴはもちろん覚えているが、ノーコメント、と呟くに留めた。
『俺がどれだけあんたを愛しているか!』
あんたは知らない、とぶつけてしまった。ショーンは少しだけこちらの声真似をして、ふっとまた慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
なあ、ヴィゴ。
そして優しく頭を撫でてくれる。
「電話でもメールでもそんなこと言わなかったのに、おまえが突然そんな風に言い出すものだから」
ショーンは、うん、と一つ頷いた。
「……自分を信じることにしたんだよ」
ヴィゴはショーンの言っていることが理解できなくて、怪訝な表情を作ってしまった。あの時、ショーンはこう答えてくれたのだ。
『……量はわからないけど、伝わっているよ……?』
そんな風に。だから、抱きしめた。
もっと、キスをした。
あの日の拒絶を忘れたわけではないけれど、外から見えないところに押し込んでしまえ、と言い聞かせた。
「離婚問題を抱えているのに、男に優しくされて、キスをされて、抱きしめられただけで恋に落ちるなんてあまりに尻軽だと我に返ったんだよ、あの時は」
尻軽?
恋に落ちた?
「……おまえのことだよ、ヴィゴ……あの時、確かに俺はおまえを欲しがったのに……」
フィジカルな関係に終わってしまうのなら、なかったことにした方がずっと楽だ、とショーンは考えたのだという。それなら言ってくれれば良かったのに、という恨み事も吹き出してくるが、それをぐっとこらえてヴィゴはゆっくりと体を起こした。
「おまえこそ、俺がどれだけ……ヴィゴのことを愛しているから、知らなかったろう?」
だから、すぐに不安になるんだ。
「……し、知ってたのか!」
腕を首の後ろに絡められ、キスまであと少しというところで種明かしをされては声も裏返ってしまうものだろう。
「俺が口下手だからだと思っていたけどな……」
ごめん。
あの夜のこと、ずっと考えてくれていて、
「ありがとう……」
「ショーンのことを考えるだけで、極夜にも朝が来る気がするんだ」
買いかぶりすぎだ、とはにかむショーンに、ヴィゴは今度こそと唇を奪い、そして思い切り抱きしめた。幸福感に胸がいっぱいになり、もやもやしていた不安の雲が晴れて行くのがわかる。
「だけど、朝にはまだ早いな……」
ショーンは腕の中で少し言いよどみながら、慣れない誘い文句を口にしてくれた。
ああ、なんだって言葉は厄介なんだ、と思いながらもヴィゴは、その一言だけで、色々なことが理解出来たのだ。
十何年も、悩んでいたのに。
「……俺はショーンの運命だ……」
ショーンは今頃気づいたのか、と少しぶっきらぼうに答え、寝室に行こう、と思春期のティーンエイジャーのような焦燥を感じながら、上機嫌の恋人を促した。
それもまた、彼にとっての冒険だったが、それも愛のなせる技とおだてなくてもヴィゴには十分かそれ以上に伝わったようだ。
ショーンの体がベッドの上で弾むようになるのに、それほどの時間を要しなかったのだから。
***   ***   ***
ショーンは仰向けになったヴィゴに重なるように四つん這いになっていた。ショーンは「重力」を感じて嫌がるのだけれど、何度かの舌打ちの末、許してくれた。ヴィゴは耳元で何度も囁いてねだった甲斐があったと口の片方の端をくいっとつり上げて、歯を見せて笑う。
ぎざぎざ、とショーンは小さく呟く。しっかり矯正済みのショーンの歯並びとは違うからな、とヴィゴは指先で彼の唇をたどって、歯の先を少し力をこめて押した。嫌がると体がうねるので、重力、を存分に楽しむことが出来る。胸の柔らかいところはルネサンス絵画の女神達の乳房、の質感だ。ミルク色の少し乾いた肌、控えめに色づいた乳暈に小さな乳首。そこを口に含んで吸うタイミングを伺うだけで喉が鳴る。
それから柔らかそうな腹部がそうだ。腰周りの肉付きも、たまらない。最近また痩せようとしているのか勝手に落ちていっているのかはわからないが、足が細くなってしまっていて心配していたから、ようやく安心出来た。
「ふっ……あ……。」
ショーンの喉がぐうっと反らされたのは、ヴィゴが口を大きく開けて、胸を吸ったからだ。舌先で乳首を刺激させながら、少し痛いぐらいに吸う。そして自由な両手で、体中を撫で回す。
さらりとした手触りが、胸への執心を続けているうちに、ゆっくりと火照り、しっとりとしていくのがわかる。
火はついた、という合図はショーンの体を支えていた腕が、がくりと折れて肘をついた瞬間だ。やだやだ、と言うように腰を揺らしているが、実際は向こう側に突き出されたそこに、何かを欲しいとねだっているようにしか見えない。
下敷きにならないようにそこから抜け出したヴィゴは左手を自分のペニスに絡めながら、突き出された臀部に頬ずりをする。
相変わらず、すべすべ、と揶揄するように囁くと踵での反撃を食らったが、ぎりぎりのところでうまく避けきる。
「ヘイ、じゃじゃ馬にはご褒美あげないぞ?」
「……おまえがそれでいいならな……」
挑戦的な目線もスパイスならば丁度良い。ただ、やはり他の誰にもこの顔は見せたくない、ヴィゴはこの年になっても十分に敏感な反応を見せるショーンの体に少しだけ焦りを覚えながら、彼の後ろを探ることになった。
「……へえ……!」
何のクリームもジェルも必要とないまま、狭いはずの入り口に指が誘いこまれる。中はじんわりと潤っていて指に肉ひだがからみつくようだった。
「ヴィゴ……あ、……もう……!」
一本だけで、これだ。
「なあ、ショーン?」
もう一本、と加えるがショーンが痛みを感じているような様子はない。ふるふると震え、はあ、はあ、と熱い吐息を漏らし続ける。
「……言うな……っ」
「準備、してたのか?」
あれだけ自分をたっぷりと甘やかしながら、彼はこんなにも熟れていたのか、と気づいたヴィゴはそれこそ年甲斐もなく、高ぶるのを感じた。
角度はあの頃ほどではなくなったかもしれないが、十分な固さは喜んでもらえるだろう。
ショーンは奥を深く奔放に探られて、そのたびにびくりと体を震わせた。指が二本、そこにあるだけなのにどんどんとゆるんでいく部分を恥ながらも、無意識に腰を揺らしてしまうのを止められない。
熱く、とろけるような内部にヴィゴは舌なめずりをした。あの脳の奥がとろけるような甘い締め付けを思い出し、野生動物がするように喉を鳴らす。
「……ショーン、こっちを向いて?」
今日の気分はもちろん、ドッグスタイルなどではない。ショーンは熱にうかされたような潤んだ目でこちらを見て、こくりと頷いた。
はたして、彼の足は大きく開かれたのだけれど、ヴィゴを喜ばせたのは、それだけが理由ではなかった。
ヴィゴはすっかり育ったものをあてがって、徐々にショーンの内部へと押し入っていく。
先端の嵩張った部分を挿入したところで、入り口をこねるように軽く抜き差ししてみせた。けして奥まで入らぬように、ぬちゃぬちゃとした音をあえて聞こえるように。
「……はっ、ヴィゴ、……あん……っ」
羞恥から顔を背けながら、ショーンはしっかりと指で、自分ンのペニスの根元を押さえつけていたのだ。射精をくり返せるほどの若さはないという自覚と、快楽の追求の両方が目的だろう。
「……欲しがってる……」
最高、と耳たぶを唇で甘噛みしながら囁くとショーンはとろけたような表情のまま、きゅっと股間に力を入れて見せる。
まだまだ忘我の果てとまでは行かないようだ。それが更にヴィゴのやる気に火をつけた。
「ご褒美が必要だな?」
いたずらっ子のようなことをしてみせるショーンが愛しくて、たまらなく欲しくて、ヴィゴは焦らすのをやめた。
勢いよくショーンの両ひざの裏をつかみ、高くあげる。あられもない姿にかっと頬を染めるショーンにあえて気取った笑みを返すと、ぐいっと奥の奥まで届くように腰を押し進めた。
「……ひぃ……っ」
ショーンはたまらず戒めていた手を放してしまい、そのまま前を弾けさせた。高くあげられた足の間から発射された白濁は彼の腹、胸、そして顔までを汚してしまったので、ヴィゴは顔に飛んでしまったものを舌でなめとる。
はあ、はあ、と荒い息をなんとかおさめたショーンは両腕をヴィゴの首に絡めた。
「……も、もう、大丈夫だ……」
「何が?……もう、これでおしまい?」
意地悪く促すと恥ずかしくてたまらない、という表情をひとしきり見せた後、小悪魔も裸足で逃げ出すような作為的なほど色気に満ちた表情で笑ってみせるのだ。もっと動いて、と声の出ない唇が語る。
再度、導火線に火がついた。
ヴィゴはショーンの顔の横に両腕をつき、ショーンもヴィゴの腰に足を絡めてより深い交合をねだる格好で本能のままに交わる。
「あ……っ、あっ、あっ……!」
えぐるように激しい抜き差しにショーンはがくがくと揺さぶられ、翻弄された。大きく胸を反らし、それでも少しでも隙間ができることを恐れるように貪欲に腰を揺すってこたえる。
「あ……ぅ、いい……っ!」
ショーンの中心はすぐにも堅さを取り戻していた。それがヴィゴの腹にこすれるのか、そちらの刺激にも瞳をうるませる。
ぎしぎしと元は独り寝用のショーンのベッドは大きく寝台揺れる。今夜は安普請のフラットならば、苦情が出そうなほどの激しいセックスになりそうだ。
「も、もう、駄目……!」
かすれた声を残し、ショーンが再び果てた。奥がぎゅっと収縮してヴィゴを離すものかと捕らえるようで、誘われるがままにたまらずヴィゴもすべてをショーンの内部に放った。
どくどくと注ぎ込まれる感覚がわかるのかショーンは、軽く身じろぎ、馬鹿、と悪態を一つ忘れずにこぼした。
「でも、愛してるんだ……」
届いているのを確かめるように、もう一度、くり返したヴィゴはそのままゆっくりとショーンの体の上に覆い被さった。
「ああ、……わかるよ……ヴィゴ……」
奥まで、届いているから。
熱に浮かされたような表情のまま、ショーンはそう返し、ゆっくりとそのまま意識を手放して行った。
***   ***   ***
「ん……、わ、わかった、わかったから……。」
ただの寝返りじゃないか、とぶつくさ言うショーンを、自分の体を無理矢理転がして、自分の方へ向けるとヴィゴはその体をしっかりと、抱え込んだ。
まだ、外は薄暗い、朝までは遠いようだ。すりすりと頬をすり寄せれば、よしよしと頭を撫でてくれる。
ヴィゴが運命をなおさらに感じるのはこんな時だ。ショーンはテンションが変わりやすい(それこそ役に入り込んでいる時は今日の比ではない)ヴィゴに合わせるということはしなかったが、ヴィゴがその時々にこうして欲しい、ということを無意識にしてくれるところがあった。
今日みたいに不安に押し潰されそうだった時は、こんな風に優しく抱きしめて欲しい。逆に甘やかしたくてたまらない時は、マイペースを少しだけ攻撃的にしてくれるものだから、かわいがり甲斐が出てくる。
そして、どろどろに溶け合ったセックスを少し眠ったぐらいでは忘れられない、そんな時は。
「……若返りの魔法があるなら、内緒にしとけよ……」
こうして、もう一度奥の方で、優しく包みこんでくれるのだ。
あ、と薄く開いた唇に、ヴィゴはオーケイという返事のかわりに舌を差し入れ、少しずつ侵略を進め、互いの舌を絡め合うキスはやがて酩酊をくれる。
起きているのか、寝ているのかわからなくなりながら、ショーンはヴィゴをしっかりと、最後まで受け止め続けた。どれだけ愛してくれているのか、それを確かめるように?

その愛に、満たされるために。

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